気になる事を保存しておく 私の引き出し。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by おきっここ
 
[スポンサー広告
沖縄・国体・日の丸焼き捨て
昭和六十二年に開かれた沖縄国体の会場に掲揚された日の丸を引き下ろし、焼き捨てた中核派メンバーの知花昌一読谷村議会議員(五八)に沖縄を巡る諸問題について本紙・山田惠久主幹が聞く(八月三日知花宅にて)。

山田 貴方は昭和六十二年十月二十六日、沖縄読谷村で開かれた国民体育大会でソフトボール試合開会式の際、日章旗を引き摺り降ろし、焼き捨てた。当時、私は貴方に激しい怒りを覚えた。又、昭和五十年七月十七日、今上天皇・皇后両陛下が皇太子(同妃)陛下の頃、糸満市の「姫百合の塔」に参拝した際、洞窟の中から火炎瓶を投擲した沖縄開放同盟の知念功と戦旗の小林貢に対して私は膺懲の意思を抱いたこともあった。戦争の実体験がない沖縄の一部青年が、これ程迄に日の丸、皇室、自衛隊に反撥する理由は何故なのか。

知花 戦中戦後における日の丸、君が代、天皇制による沖縄への差別政策に起因する。
確かに我々は沖縄戦は実体験していないが、島の年寄りから聞いた話しに基づいて追体験している。人が人を殺すという異常とも言える戦争はどんな事情があっても決して許されない。日の丸、君が代、天皇制が戦争に導いた。戦後の沖縄の米軍支配も天皇メッセージが重要な役割を果たした。

山田 六月二十一日のNHK番組は、水泳五輪金メダリストの長崎宏子等を招き「基地に揺れる沖縄の声」と題して平和運動を特集していたが、戦争の悲惨さを始め、在沖縄駐留米兵による事件や訓練中のヘリ墜落事故、騒音、環境破壊などを厳しく指摘するばかりで、肝心の国防上の観点が大きく抜け落ちていた。それは言う迄もなく、中国の突出した軍事力と東シナ海域への進出である。昨年、空自のスクランブル(対不審機緊急発進)は二百二十九件、その内の約半数百七件がこのエリアだった。六年前は零、五年前二件、一昨年十三件、昨年は前年比八倍増しとなった。
 平成十六年十一月十日には、中国の漢級攻撃型原潜が沖縄の領海を侵犯した。しかし、沖縄県は米軍基地反対を唱えるばかりで、石垣島の傍を通った中国原潜の進入に沈黙を決め込んだ。全くおかしいことだ。話は少し脱線するが、沖縄では反米軍、反自衛隊感情が強い。毎夏、那覇港でウンガミ(海神)察が行われ、中国から伝来した伝統競漕のハーリーがスピードを競う。これ迄、陸自は「シーサー」、空自は「レキオ・ウィング」のチーム名で自衛隊員であることを隠して参加してきた。昨年、初めて中国広東省からの参加者が優勝した際、地元新聞は最大の称済をしていた。
沖縄の新聞は「沖縄タイムス」と「琉球新報」とで九〇%超の市場占有率だ。紙面は沖縄県民の被害者意識を煽るばかりで、反米、反本土、厭戦を競い合い、余りにも偏向し過ぎている。これでは、正常な世論は形成出来ない。誰もが、戦争はないことにこしたことはないと思っている。しかし、中国のように国力の発展に反比例するかのように、国際協調性を欠き、特に日本に対しては、東シナ海の海底資源開発について、我方の抗議を無視、敵対意識を剥き出している。それに対してそれ相応の備えが必要なことは自明の理だ。

知花 米海軍の原子力潜水艦の沖縄ホワイトビーチヘの寄港も二十五年前に比べて、約五倍に増えている。大平洋戦争後、この東アジアにおいて、米軍は日本を占領し、沖縄を軍事基地にして朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争をやってきた。これらの戦争は、「反共」や「自国の防衛」と言いつつ、軍事力を強化し侵略を繰り返してきた。

山田 朝鮮戦争は北朝鮮による南侵を米軍の参戦によって押し戻した。ベトナム戦争は逆ドミノ理論の阻止の為に米国は介入したが、中ソ両国を背景にした共産軍に軍配が上がった。9・11同時テロで被害を受けた米国は大量破壊兵器を保持しているとして、イラクを改革した。

知花 しかし、イラクにそのような兵器はなかった。

山田 だが、適酪なフセイン軍事独裁政権の圧政から、国民は民主化に向けて一歩踏み出した。

知花 民主化ではなく、逆に部族間、宗派間の争いが激化している。日本は「民衆の為」と言い、自衛隊をイラクに派遣した。これは米国追従であり、明らかに憲法九条に反する戦争行為だ。

山田 自衛隊による戦後復興は人道支援であり、決して戦闘的行為は行っていない。イラクは部族間、宗派間の協調を進めているが、″難産″を極めている。今日のテーマは沖縄間題。沖縄は地政学上、日本の要衝だ。今、中国の脅威が目前に迫っている。

知花 中国はそれ程に脅威なのか。

山田 中国は中華人民共和国と称するように、世界の「中心の華」と思い込んで、廻りの強国を東夷西戎北狄南蛮(とうい・せいじゅう・ほくてき・なんばん)と呼び、緩衝帯として近隣は召しとってもいいという優越的な中華思想が根底にある。

知花 「中華思想」、初めて聞いた。

山田 従って中国は、先の大戦から戦後に掛けて満洲、チベットを自国領土に治め、台湾の編入も狙っている。中国は台湾に対して、立法、行政、司法の三権を持っていないにも拘らず、中国の領土だと言い張り、対岸の福建・浙江両省に弾道ミサイルを増強するなど常に文攻威嚇を行ってきた。〇八年北京五輪後には、侵略する可能性も排除出来ない状況になってきた。
 ここ沖縄に対しても、東シナ海の地下資源との絡みもあって、沖縄トラフは中国の大陸棚にあるとして、沖縄は中国のものとの見解を出している。二〇〇一年五月二十七日付の香港紙「東方日報」は香港返還に合わせて「琉球も本来は中国に属すべきもの」との論調を掲げている。
このように中国は版図を拡張しようとしていることは間違いない。沖縄は日本にとって重要な要である。

知花 その日本本土を守る為に、沖縄は犠牲になってきた。

山田 大東亜戦争の沖縄戦に見られる通り、唯一の地上戦が繰りひろげられた。島民の被害者には気の毒なことだった。戦争末期、連合国の米軍は、台湾に点在する日本軍基地には見向きもせずに、一気に沖縄に押し寄せた。我軍も戦艦大和を派遣するなど、沖縄を本土の生命線として一大決戦を敢行した。只、暗号は解読され、巨艦大和は敵潜水艦に追尾されるなど、更に物量と科学技術に優る米軍の前に我方は敗れてしまった。いかに沖縄が軍略上、キーポイントであるかが分かる。現在に至っても変らない。台湾は勿論だが、沖縄が中国の手に落ちたら、日本は危ない。それなのに、貴方は米軍楚辺通信所、通称「象の檻」の所有地の賃借延長を断ってしまう。この「象の檻」は、対潜哨戒機P3Cオライオン、潜水ソナーと並ぶ通信傍受にとって極めて有効な施設だ。これ迄、北朝鮮の工作船を捕捉した実績もある。

知花 沖縄要衝論に正当性はないと思う。

山田 貴方が学生自治会委員長をやっていた沖縄大学の佐久川政一元学長は現在、チュチェ思想研究会全国連絡会の会長を務め、北朝鮮と密擦な関係を持っている。

知花 そうですか。チュチェ思想に関係しているとは、知らなかった。しかし、それは思想・信条の自由であり、いいではないか。

山田 佐久川会長は沖縄の反戦運動のトップリーダーとして著名。特に反戦一坪地主を組織している。約二万九千人の地主は、土地を基地に貸すことを強く望んでいるが、全地主の僅か〇・二%に当る三千八十五人のみが反戦地主として反対している。又、僅か〇・二ヘクタールに所謂一坪地主が二千九百六十八人も入っている。その殆どが本土の左翼だということも判明している。
 先月末、返還された貴方の所有する「象の檻」にも四百五十一人の地主がいる。

知花 ここには一坪地主は一人も入っていない。

山田 貴方は平成六年に父親からこの土地を贈与され、八年三月未の使用期限切れに降し、施設局との土地賃貸契約の継続を断った。更に、平成七年の米兵による十二歳少女レイブ事件で反基地感情の高まりを見た大田昌秀知事は強制使用に必要な代理署名を拒否した。
事前に調べてきたが、ここの地主の多くは、貴方の反基地運動に反撥している。返還されても、石灰岩の土地なので農地に向かない。地代収入がなくなると、生活基盤が侵されてしまうと皆、不安のようだ。

知花 当初(一九七二年)、「象の檻」には九十人の反戦地主がいた。政府の嫌がらせで今は私一人だが、私の反対運動はこの人達に支えられている。九六年(平成八年)四月から駐留軍用地特別措置法が改正される翌年四月迄の間、政府は法的根拠もないにも拘らず、使用を継続するという暴挙を行った。八年前、私がやった日の丸焼却や反戦地主としての活動が村民にどう評価されているかを問う為に村議選に出た。一期、二期とも村民の支持を得た。来月十日、読谷村議会議員の選挙がある。三期目の挑戦になる。

山田 議席十九の内、現在、立候補者は十八人。従って無投票当選となるのではないか。

知花 やはり無投票は良くない。私は最初は八百票獲得した。二期目は七百票台だった。今回は票を大きく伸ばして、「象の檻」返還は正しかったことを証明したい。

山田 「象の檻」の貸地存続を認めていたら、逆に多くの票が取れるのではないのか。
貴方は米軍基地反対で土地を返して貰うことになったが、防衛施設庁の関係者の話によると、貴方は奥さん名義で米軍に土地を貸して高収益を上げているという。

知花 それは事実でない。断じてありえないことだ。以前、沖縄防衛施局から「色をつけるから土地を売ってくれ」と懇願された。多分、官房機密費から億単位の話と思うが、勿論、私は断った。
ところで、民族派の活動家の中には、日本の中に外国人軍隊の基地があるのはおかしいと、正論を言う人も多いと聞いている。

山田 その通りだ。私も屈辱を感じている。しかし、残念ながら敗戦国として、憲法第九条を遵守することを義務付けられている為、最小限の戦力しか持てない。その穴埋めに日米安保体制が構築された。民族派の中でも、余りにも偏狭な国粋主義に走り過ぎると、日本のみ唯我独尊、排外的独善になってしまう。今、「反米軍基地」の声を挙げると、最も喜ぶのは日米分断を望む中国だ。
従って「反米」ということは「親中」と同義となり、利敵行為になってしまう。
 只、現在の防衛環境を見渡すと、先にも述べたように、中国の経済的擡頭と共に強大化する中国軍の動向からすると、自衛隊だけでそれに対処することは不可能であり非現実的だ。どうしても駐日米軍のプレゼンスは必要不可欠だ。核ボタン一つで戦う時代なのに、在日米軍の七五%を沖縄に集結しても、意味がないという見方もあるが、万一、中国が大型核兵器を使用したら、お互いに終末を迎えてしまうので、その可能性は零に近い。しかし、あくまでも脅しとして使うことはありえる。この度の在日米軍再縮によって、普天開基地の移転と共にマリーン(海兵隊)八千人がグァムに移る。嘉手納基地の戦闘機の半数も本土自衝隊の六基地に分散され沖縄の負担は大幅に軽減される。現実的に起きることは局地戦だ。従ってバトルラインはここ沖縄だ。

知花 革新知事を目指す集会が那覇で開かれている。

山田 野党陣営は沖縄五党の候補者が乱立し、なかなか一本化は難しいようだ。革新系各党は反基地で一致しているが、それぞれ足の引っ張り合いをしている。これを懸念する民主党は先月十五日に、小沢、菅、鳩山ら執行部が揃って沖縄入りし、全国幹事長会議を開いた。
しかし、沖縄県が革新知事になったら、普天間基地移転で名護市のキャンプ・シュアブ沿岸部案が白紙撤回される可能性もあろう。
最も重要な国防問題が一自治体の首長によって左右されることに違和感を覚える。五月十一日に合意された「在沖米軍再編に関る基本確認書」だが、防衛庁長官は県知事に合意を求める必要は何等ない。国の根幹に関することは政府がその任に当って決断しなければならない筈だが、我国防衛の論議と体制は全く狂っている。

知花 私と山田さんの見解は全く正反対だ。

山田 りゆうせき会長の稲嶺恵一知事は「中国人観光客を大勢招致した」「中学校で中国語教科を取り入れた」と、このおかしな業績を自慢していたが、十一月の任期で知事を辞めることになった。知事は任期中に平成十四年に施行された沖縄振興特別措置法に基づく新たな振興計画策定で約百二十の企業を県内に誘致し、雇用一万人を創出したと言うが、どうなのか。

知花 まだ眼に見えた形になっていない。北部振興策と言うが、那覇市、浦添市、宜野座村の情報特区、名護市の金融特区は容易に成功しないと思う。

山田 沖縄の3K経済と言われる基地、観光、公共事業から脱却する為に、政府は十二月に新たな地域振興策を策定する。

知花 「新3K」の環境、健康、観光に期待している。

山田 沖縄は本土から遠いこともあって、本格的な産業が育つ土壌がない。観光立県と言っても、不景気の時には最初に影響を受けてしまう。過去三十年間、政府は沖縄振興計画に総額七兆円も供出してきた。もうそろそろ、沖縄は甘えることをやめて経済的自立をするべきだ。海洋資源の開発は未知の分野でこれから有望な事業だ。

知花 もう一つのドル箱である公共事業は本土の有力政治家の巨大利権と化している。

山田 そう、平成九年十一月、名護市の辺野古沖合に海上滑走路の建設を一時、決めた後、埋立て案に変更された後、地元のゼネコン、国場組が山を購入し、その土砂を埋立てに使い、山の方は平坦にし宅地として売り出そうと一石二鳥を狙った。しかし、大野防衛庁長官の時、埋立て案から内陸部案に変更されると、国場組は近隣市町村の代表者等に、内陸部案に反対するよう積極的に動いた。現在は、額賀防衛庁長官に移り、内陸部案からキャンプ・シュアブに半埋立てともいえる?字型滑走路の沿岸部案に変更された。重要な国防問題を尻目に金儲けに走る国場組の裏に自民党の沖縄振興委員長の山崎拓(福岡二区選出)がいると言われている。
山崎拓は地元ゼネコンの国場組や金秀建設にたかり、那覇有数の繁華街、久茂地の高級クラブで豪遊し、女漁りに精を出している、という噂が絶えない。
以前、橋本龍太郎は辺野古海上浮きドック基地が決まり掛けた時、橋本の選挙区の尾道造船(三井造船の子会社)に指名入札するよう暗躍した。このように、沖縄への思いやり予算が、大物政治家が食おうとしている構図も日立つ。
しかし、沖縄県は観光・公共事業の他、あとは基地と共存共栄で生きていくしかない。口先で「反基地」を叫んでも、米軍に土地を貸与するか、基地に勤務して食っている実態がある。実際、年七百七十億円の地代が払われ、一人当り約二百三十万円受取っている。申には普天間飛行場に七千坪貸している地主は年三千万円も貰っている。
那覇市内を歩いていて気がついたが、以前に比べて、パチンコ屋が増えている。大阪では北朝鮮系のパチンコホールは激減していると言われているが。

知花 北朝鮮系か分からないが、本土から流れて来ていることは間違いない。私は嘗て北朝鮮を訪問した。平壌の公園で母親らが野草を摘み、飢えを凌いでいる姿が目についた。国際ホテルでの食事も非常に質素だった。やはり軍独裁の全体主義体制はいけない。戦前の日本も、国民は飲まず食わずで戦争に駆り出され、最後に東京大空襲と原爆を二発落とされて、やっと降伏した。戦争による犠牲者の数は膨大なものだ。戦争の元凶は全て皇民化政策にある。私の住む読谷村にチビチリガマがある。これは米軍の上陸直前に洞窟の中で、留守を預かる老人、婦人、子供ら約八十五人が手榴弾や毒薬等で自決した悲劇だった。
体験者から直接聴いた話で、「生きて虜囚の辱めを受けず」と言って、死んでいったという。これは偏に軍国主義・皇民化教育によるものだ。

山田 戦争は国民が一丸となって纏まらなければ勝利は不可能。いささか教条主義的であっても国論が統一されなければならない。尤も、姫百合の学徒看護婦二百十九柱の殆どは、治療に当っていたガマ(壕)から脱出直前に、米軍の毒ガス弾でやられた。確かに悲しい出来事だ。

知花 今、大江健三郎氏と岩波書店が名誉毀損で出版の差し止め、謝罪広告の掲載、慰謝料の請求等で訴えられている慶良間諸島で起きた沖縄戦の集団自決命令もそうだが、背景には非人間的な日本軍によるもので、軍は村民を守らないばかりか、銃口を住民に向けられたものではないのか。これについて、先月十六日、読谷村でシンポジウムが開かれた。

山田 サイパンのバンザイクリフもそうだったが、米兵に掴まったら何をされるか分からない、といった恐怖心もあって集団で深い崖や海へ飛び込んだ。座間味島の守備隊長、梅澤裕少佐と渡嘉敷島の同じく故赤松嘉次大尉の弟、秀一氏は軍は自決を教養していない、事実に反する岩波書店出版の大江著『沖縄ノート』等によって二人の指揮官の名誉が傷付けられたと、提訴した。
梅澤隊長の件について、宮城初枝という女性青年団長は自決命令はなかったと証言し、戦後、厚生省の補償金申請の際、虚偽の証言をしたことを告白している。村民が自決用の武器を集めていることを知った赤松隊長は寧ろやめさせたという証言もある。又、日本最南端の西表島の竹富町のように無防備地域宣言を決議しても、敵は容赦なく改めてくる。丸腰だったら「武力攻撃は行わない」という担保を取ることは不可能だ。要するに、ロンドン大教授の故森嶋通実の言う白旗と赤旗を掲げて中国軍を歓迎するということは非現実的なことだ。ナチスを無血入城で迎え入れたパリと同じだ。ところで、貴方は民族派活動家の松田昌雄日本維新党総裁と同窓だとか。

知花 松田氏は読谷中学校の二年先輩で、彼の弟とは同級生だった。
私が公衆の面前で日の丸を焼却した為に、松田氏は本土の右翼の応援もあって、私の経営するスーパーマーケットを襲った。放火や窓ガラスを割るなど物凄い剣幕で圧力を掛けてきた。

山田 松田さんは貴方を「売名的・国賊的行為に対して天誅を下すべく、虎視眈々と狙っていたが、県警機動隊と中核派など左翼に厳重にガードされていた為に、完遂することが出来なかった」と悔やんでいた。貴方と松田さんは、この運動に入る前、貴方は中核派の闘士、松田さんは全軍労の中で同じく祖国復帰の運動を展開していた。今日に至っては、貴方は日の丸に反対し、非国民的な赤旗をふっている。悲願の祖国復帰が実現し、沖縄県民は晴れて日本国民になった。松田さんは国民の一人として祖国の為に何が出来るかを考え、日の丸の基に愛国運動家として今日に至っている。

知花 私は沖縄返還以前は本土復帰を願い「日の丸」を振っていた。一方、松田さんは米軍基地に務め、全沖縄軍労働組合のリーダー的存在だった。

山田 松田さん本人も言っていた。自分は上原康助全軍労委員長の元で赤旗を振っていたが、沖縄が日本に返された途端、知花さんらは手の平を返したように反基地反戦運動をやる。これに矛盾を感じて、松田さんは右翼に転向したという。

知花 本土に復帰しても情況は何等変わらなかった。復帰前、私は日の丸をふり、復帰後、反対をしている。逆に今は日の丸をふっている連中は日本復帰に反対でアメリカの属国になろうとしていた。お互い矛盾していることで、罵り合ったことがある。

山田 沖縄の県民性なのか、長い物に巻かれろという考えがあるようだ。日本に編入される迄、琉球王国は薩摩の津島藩と中国との間で板挟みになり、圧力を加える中国に約四百年も朝貢してきた。戦後は米国の統治下に置かれた。最近では沖縄県民の中国に阿ねる姿勢が突出し、不安が募る。これ迄、沖縄には日中友好団体は一つもなかったけれど、二年前、「新しい沖縄と中国の友好交流を推進する会」が設立され、その後、雪崩打つように中国寄りになっている。

知花 いつも外圧に翻弄されてきた。今もそうである。

山田 本土復帰の十年前、昭和三十七年三月十三日に台湾外交部長の沈昌煥(国民党)は「日本に琉球の潜在主権はない」との声明を発したり、返還の際も、台湾の国民党軍の戦闘機が石垣島の旧日本海軍滑走路に着陸を試みたり、蒋介石が沖縄を台湾によこせと言っていた。

知花 寄らば大樹の影というのか、県民は強い者にくっついて生計を立てるというやり方が身に染みついてしまった。沖縄では「ムヌクゥシー、ワーヌス」 (物食わしてくれる、それが我が主)と言う言葉がある。本当に沖縄は「矛盾の島」と言える。

山田 機会があったら、沖縄の県民性について研究してみたい。例えば、沖縄県民の本土への反撥と同様に、離島の人々の反沖縄本島感情は強い。同じ那覇市内でも琉球王国・首里城のあった首里住民に対する反感もある。反権力的な性格なのか、或いは独善意識が強いのか。
先月十七日に日米事務レベル協議で、米国は地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3を沖縄嘉手納の基地・弾薬庫に年内に四基配備することを初めて決めた。日本全土の中でも最も戦略価値が高い沖縄だが、宮古島以西の八重山地区に自衛隊基地がない、これはとても不安なことだ。
先月十六日、陸上自衛隊第一空挺団が台湾に最も近い与那国島でパラシュート降下訓練を行う予定だったが、八重山地区労組協議会の猛反対に遭い、中止に追い込まれてしまった。

知花 沖縄を本土の盾にすることは、いい加減にやめて貰いたい。ヌチドウタカラ(命こそ宝)、譲れるものと譲れないものがある。

山田 それでも、沖縄は日本の要衝であることに変わりはない。


                               ブログ:「沖縄県民斯ク戦ヘリ」から転載
Posted by おきっここ
comment:0   trackback:0
[沖縄
back | HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。