気になる事を保存しておく 私の引き出し。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by おきっここ
 
[スポンサー広告
トルコ軍艦遭難120年で追悼式典 串本町
トルコ軍艦遭難120年で追悼式典 串本町
2010年06月03日

日本とトルコの友好の礎になった、和歌山県串本町樫野埼沖でのトルコ軍艦「エルトゥールル号」遭難事故から今年で120年を迎えることを記念し、串本町で3日、追悼式典が営まれた。遭難海域での洋上追悼式典では両国関係者が献花し、殉職した乗組員の霊を慰めるとともに、友好の発展を祈った。

串本町と県、トルコ大使館が主催した。午前中は、遭難海域周辺を航行する海上自衛隊護衛艦「せとゆき」で洋上式典があった。三笠宮寛仁さまと長女の彬子さま、仁坂吉伸知事、田嶋勝正町長、セルメット・アタジャンル駐日トルコ特命全権大使、エ号司令官のオスマン・パシャのひ孫でフランス在住の弁護士オスマン・ケマル・テキタシュさん夫妻らが参列した。

 参列者全員で黙とうし、アタジャンル駐日トルコ特命全権大使が「殉難したトルコ海軍の将兵を追悼し、彼らからわれわれに託されたトルコと日本の友好のきずなをさらに強固なものにすべく、決意を新たにするために来た。悲痛な事故を思い出すごとにこみ上げる悲しみの一方で、両国民の間の絶えることのない友情の礎となったことに心慰められる」と話した。

武田寿一・海上自衛隊呉地方総監海将は「事件は真に痛ましく、悲劇的なものではあったが、尊い犠牲と村民の献身に始まった両国の友好はさまざまな分野に広がり、一層強固なものとなっている。御霊に報いるためにも、両国の友好親善の一端を担っていきたい」と追悼した。

 参列者は順番に、花を海に投げ入れ、最後に海上自衛隊呉地方総監部儀仗(ぎじょう)隊が空に向け、弔銃を放った。

 午後からは樫野埼の慰霊碑前で陸上追悼式典があった。

 エ号は1890年9月16日、親善のため訪れた日本から帰国途中、暴風雨のため串本町樫野埼沖で座礁。600人近い乗組員が死亡したが、地域住民らの救出活動で、69人が助かった。これを機に両国のきずなが強まり、1980年に起きたイラン・イラク戦争では、日本人がイランを脱出するためにトルコ政府が救援機を出した。


エルトゥールル号

関連記事
Posted by おきっここ
comment:0   trackback:0
[未分類
comment
comment posting














 

trackback URL
http://okidokidoki.blog118.fc2.com/tb.php/92-0186997d
trackback
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。