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東京裁判・橋下弁護士のマジメな解説 「極東国際軍事裁判」
橋下弁護士のマジメな解説

弁護士

東京裁判  (1946年5月~1948年11月)

東京裁判とは何か少し解説をしていきます。
東京裁判とは、
ポツダム宣言に基づく”極東国際軍事裁判”です。
ポツダム宣言、1945年8月14日に日本は受諾しました。
敗戦の受諾ですね。
これに基づいて、A級戦犯28名、容疑者は100名以上いるのですが、
A級戦犯として28名がこの裁判で起訴されました。この裁判にかけられました。
このA級戦犯、A級の意味なのですけど、A級、B級 C級があるのですが
これは勘違いよくされるのですが、別に『A』で一番重い罪というわけではありません。
いわゆるカテゴリー、区分分けでありまして、A級の意味とは、
侵略戦争の計画・開始・遂行または、その共同謀議を
行った”平和に対する罪””人道に対する罪”
この二つの罪を犯したということがA級の意味なのです。

東京裁判

ここに大きな問題点がありまして、”平和に対する罪””人道に対する罪”これは
第二次世界大戦時においては、こういう罪(”平和に対する罪””人道に対する罪”)はありませんでした。
このポツダム宣言の受諾、1945年8月14日この時点において、
こういう罪(”平和に対する罪””人道に対する罪”)が新たに作られたわけなのです。
近代刑法において、いわゆる事後法、後から法律を作って、前の行為を裁くということは
これは、絶対に許されてはいない事なのです。

しかも、この東京裁判の裁判官、11カ国から11名、すべて戦勝国側の裁判官によって構成されております。
裁判というものは、法の正義を実現する機関でありますから、これは戦勝国だけの裁判官では
非常にマズイ訳なんですね。
敗戦国である日本側の裁判官も入れるべきではないかと、大きな問題点として議論されています。

パール判事

この11カ国から11名の中の裁判官の中に、インドのパール判事という裁判官も入ってたのですけど
このパール判事は、A級戦犯28名に対しては、全員無罪の判決を下しています。

これはGHQのその後の占領政策において、このパール判事が下した判決、
まったく公開されておりません。

日本の戦後教育においても、パール判事が無罪判決を下し、この無罪の内容、なぜ無罪になったのか
このことは、一切教育されてきませんでした。

先ほど言った、後から法律で罪を作って、裁くということは
これは許されないということが、パール判事の主な主張、判決の内容です。

この東京裁判において最終的には、7名が死刑判決ということで絞首刑に処せられました。
死刑判決は、7名なのですが、
その後、死亡した者を含めてA級戦犯14名が靖国神社に合祀されております。
これは、1978年ですね。

靖国神社に、日本の首相が参拝すること、日本のリーダーが参拝することは
戦争を美化している、反省の色がないということで、中国・韓国から厳しく批判をされて
これが外交問題にもなっているのですけど、
そもそも、A級戦犯、東京裁判でA級戦犯にされたのですけど
東京裁判というのは、本当に正しかったのか、本当に戦犯なのか、
ここをもう一度、議論する必要があると思います。

靖国神社

これに対して日本政府の方は「サンフランシスコ講和条約により、東京裁判を受諾しているから
意義を申し述べる立場にない」。すなわち、東京裁判を無条件に、受け入れたのだと
日本は受け入れたのだという見解で、東京裁判の見直しをやるつもりはないというのが
日本政府の見解なのですけれど、ここには大きな問題点があります。

サンフランシスコ講和条約、この中で、裁判すべてを受諾したのか
それともその一部、判決だけを受諾したのか、ここも含めて、大きく日本政府の見解、これについても
もう一度、検証してみる必要があると思います。

____________________________________________________________________

2005年・8月14日の放送

東京裁判は・・・「正しかった」「不当である」

正しかった OR 不当


宮崎 哲弥「不当である」
橋下弁護士「両方」
田嶋 陽子「正しかった」
安 めぐみ「正しかった」
稲田 朋美「不当である」
蟹瀬 誠一「正しかった」
三宅 久之「不当である」
桂ざこば「不当である」

たかじん「基本的に戦争が終わった後に、戦勝国が設定した裁判であるというのは間違いないですね、宮崎さん」

辛坊治郎「ちょちょちょ、橋下さんは?」

橋下弁護士「あぁ、僕、両方です」

たかじん「え、両方・・」

田嶋陽子「私も正しかったじゃなくて、不十分であったと言いたいの」

たかじん「不十分と不当では、違う・・」

数人「はい。全然違う」

橋下弁護士「政治的な意味と法的な意味があるんで。。。」

たかじん「橋下君から聞きましょか、じゃ、はい」

橋下弁護士「政治的に僕は正しかったと思います。これは、敗戦直後の混乱期を抑える為には、政治としては東京裁判がなければ、占領政策が遂行出来なかったと思うんですね。象徴天皇制を残すことによって占領政策を遂行しようと思えば、要はA級戦犯いわゆる、生贄を差し出してですね、天皇の戦争責任を回避したという意味においては政治的な戦略に対しては正当だったと思うのですが、裁判という法的な意味においては、不正義です。裁判という言葉を使うことだったら、僕は反対なんですけれど。裁判じゃなくて生贄行為ということであれば、僕は正当だったと思うのですが、裁判という名前は使っちゃいけない。法的には成立しない」

宮崎哲弥「先ほどパール判事が発言が出ていましたが、事後法。日本の刑法は「遡及処罰の禁止」をしています。後で作った法律を、前の犯罪に適用した、仮に犯罪行為だったとしても、それはその時点で犯罪法が行われた時点では存在しなかった法律だったわけですね。たとえば、”平和に対する罪”とか、”人道に対する罪”というのは。そういう意味では、事後法であるから、これは不当であるというのは法律的に正しいですよね。

事後法


橋下弁護士「そうです。後から作った罪で裁くというのは、言語道断ですね」

宮崎哲弥「もう一つは、勝戦国の裁きということをどう考えるか。これは、東京裁判だけではなく、ニュルンベルク裁判、それ以降行われた、最近のミルティノビッチのハーグ国際法廷にも波及しかねない話ですけど。勝った者が敗者を裁くというのはどういうことなのか、考えてみる必要がある」

橋下弁護士「仮に戦争犯罪人というのを裁くとすれば、平和条約が終わった後、要はきちんと、その国が負けた敗戦国が、独立国として主権を回復した後に、その国において裁判をするのだったらいいのですけど、講和条約の前に、行われるそういう裁判なんて、まったく裁判でもないです。」

蟹瀬誠一「橋下さん、僕はジャーナリストと見た時にはね、やっぱり大きな戦争があって、一つの時代の転換を迎えた時に、2年7カ月。日本円にして17億円の金をかけてね、これだけの人たちが集まって、今、裁判ではないとおっしゃったけれども、ちゃんと被告人には弁護人を付けて、そうやって少数意見が反映されるような場も作って、僕は専門家ではないからよく分からないけれども、ニュルンベルク裁判のそれを踏襲しながら、和平までも同じものを作ってやったわけでしょ。もう一つね、この裁判が凄かったなっと思うのは、僕は、全部正当だと言っているわけではないですよ。。凄かったなっと思うのは、3台のカメラを設置して、すべてを記録して、しかもその時の同時録音。音声が全部残っているわけですよ。これを我々はちゃんときちんと見てね、評価しないとだめだと思う」

橋下弁護士「アメリカはまったくですね、蟹瀬さんのような意見を作り出す為に、裁判という形だけを装ったんですよ。今、蟹瀬さんは言われたように、弁護人付けたと言いますが、実際は弁護人が提出した証拠、9割がた却下です。」

蟹瀬誠一「うん」

橋下弁護士「そもそも、裁判管轄が東京裁判が、あの”極東国際軍事裁判”が管轄権があるのかどうなのか。日本側の弁護人が徹底的に争ったにもかかわらず・・」

蟹瀬誠一「僕はね、裁判としての形、形は作られたという話をしているわけで内容がね。。」

橋下弁護士「裁判じゃなかったということであれば色んな言い付けがあるのだと思うんだけど、裁判という言葉を使っちゃだめだと思うんですね」


ラダ・ビノード・パール

田嶋陽子「ちょっと置いておいてね。先ほどパール判事の話が出たのですけど、靖国の遊就館へ行くと彼の銅像が立っていて、彼は日本が犯罪人ではないということ、戦犯のことを否定したということで、彼の銅像が立っているわけですね。でも、パール判事は何と言ったかというと、先の事後法という視点でいけば、無罪だけれども、でも彼はちゃんと言っているのね、だからと言って、日本がやったことは許されることではないと言ってるわけ。ところが今、世間ではそこは抜かして、ただ無罪であったと、そこだけ言っているのは、ちょっと彼に不当だと思うのね。なぜなら、あの裁判が終わった後に、5人の人が不服を唱えたのね。判事たちが。。そのうちの一人は、パールで。もう一人はフィリピンで。もう一人はニュージーランドで。一番の裁判長ウェブさんね。このパール判事のことをフィリピンの人は批判したわけ。あんたのお陰で自分はもっと言いたいことが言えなかったって。パールさんはなんで、これを言ったかというと、私の考えでは、結局あそこで、勝てば官軍で、勝者が裁いたわけだけど、その人たちみんな植民地を持っていた国だよね。アメリカ、イギリスとか、オランダとかね。で、結局パールは自分の国が、イギリスによって植民地化されてきたわけでしょ。その不当性を心に抱えていた人なんですよね。だから、あんたたちに裁かれたくはないって。だから自分の国のことも言いたかったわけで、そういう視点からいうと日本は無罪だよって。でも、自分はこの罪は許しているわけではないよって言っていることは、みな知っていたほうがいいと。。。」


橋下弁護士「パール判事が否定したのは、何も日本の違法性を言ったのではなくて、敗戦責任があると言ったわけですよ。負けた責任があるだけであって、そこに侵略性とかそういうのを認めたわけじゃないですよ。パール判事は。敗戦責任というのは、要は何が言いたかったというと、あの東条英機を始め、国民に対しては、きちんと責任を負わないといけない場合が出てくると。要は、言われなく、不本意で命を亡くした方というのは日本国中に何百万いるわけですから、そういう方々に対しては敗戦責任を負わなければならない。勿論それは、対外的にも負わなければいけないけれども、それに違法だとか不当だとか、一切、パール判事は言ってないですよ」

田嶋陽子「私が関心持ったのは、ウェブ裁判長も途中で裁判長を下ろされて、1か月位オーストラリアに帰らされちゃうんですよね。なぜかと言ったら、アメリカはどうしても天皇責任を回避したかった。だから、裁判所に天皇を連れてきたくはなかった。だけど、ウェブさんは、どうしてもこの戦争の責任の張本人は天皇だと思っていて、それで、裁きたかったんだよね。だけどアメリカは工作して、結局は、そこのところをねぐったわけですよ。東条さんだって、「天皇に逆らう人は誰もいない」と失言しちゃって、それを結局、工作して東条さんも言い換えて、そうやって天皇を裁判所の中に引き出さないようにするぐらい、アメリカはマッカーサー頑張ったの。だから、この東京裁判は正しかった、正しくなかったと言うけれど、あそこで、結局は、私たちはあの裁判で救われたというか。。たとえば日本の植民地制度のことだって、自分たちだって植民地持っていたから、ねぐって、あそこでは裁かなかったし、それから731という細菌で人体実験したことも、あそこでは裁かなかったし、結局、裁かなかったものが、マッカーサーのお陰であるわけ。それをどうするか。だから、この裁判が正しかった、正しくなかったって、そういうことを言い募るけど裁かなかったことで、罷免されたことは、どういう風に処理するの。

稲田 朋美

稲田朋美「私も、橋下弁護士と同じ考え方ですけど、東条さんが裁判の最終段階になって、宣誓供述書を出して、そして検察官のキーナンと一騎打ちをしているのですけど、その中で東条さんが国民に対して敗戦責任は負うけれども、自分は国際法上はなんらやましい事はしていない。私は、それが本当、正しいと思うんですね。東京裁判というのは、国際法上、二重の意味で違法で、それはどうしてかというと、さきほどの事後法で、たとえば今、いきなりお酒飲むのが禁止されて、お酒飲んだ人は死刑だといって、三年前に、たかじんさんがお酒飲んだから死刑だというのと同じ意味での事後法。もう一つは、ポツダム宣言を受諾して、降伏条件の中に戦争犯罪人を裁くとあったのですけど、降伏条件の中に戦争犯罪人といった時に、”平和に対する罪”つまり侵略戦争したことで、指導者を裁く法律はなかった、そういう決まりはなかったのだから、事後法という意味からも、降伏条件、つまり連合国と日本との条約にも違反しているという二重の意味で東京裁判が不当であるということは、間違いのない事実で。それと国民に対する敗戦責任とは区別してね、考えて欲しいなと思います。」

ポツダム宣言

戦争犯罪人の処罰

宮崎哲弥「あとね、もう一つね。ウェブの。。天皇の戦争責任論について、私は天皇の戦争責任論について、論じるべき課題だと思いますけれど、ウェブや、キーナンが考えていたことというのは、田中上奏文という偽書あるのですね。これは完全にユダヤの議定書と同じような意味で、まったく虚偽の文書であるということが知られているわけですけれど、彼はそれを見ていたと。これは昭和2年に田中儀一が天皇と共謀して世界征服を目指す、日本民族が世界を征服するための、計画を立てるという、そういうあとでねつ造された文書ですけど。これをどうも信じていて、実際、初期には証拠として提出されています。これはさすがに批判を受けてですね、取り下げられたんですけど、そういうオカルト的な、陰謀文書というものに、彼らの脳が洗脳されていた可能性は否定できないと思うのですね。」

田中上奏文


三宅久之「あのね、元々、東京裁判というものはだね、裁判ではないんですよ。政治ショーなんですよ。裁判という名前の政治ショーにすぎないんでね。私は東条英機とか、板垣征四郎とか土肥原賢二とか軍人についてはね、戦争責任は明確にあると思っているのですよ。だけれども犯罪者ではないんですよ。A級戦犯という犯罪者というのは、あくまで勝者が付けた名前でね。しかも、独立後、昭和28年に国会の決議でね、赦免。。というか復権させているわけですよ。そうでないとね、戦没者、戦病者、家族援護法という法律がね、懲役3年以上は摘要されない。ですからね、100人斬りの向井少尉なんかもそうなんですけれども、B・C級裁判で裁かれた外地で裁かれた人々はね、まったく無実であっても、家族は食べることが出来なかった、自給できないから、その援護法の適用をね。その為に生活保護を受ける人もいたんでね。その為に、左右両派、社会党まで一緒になって復権決議をしたわけですよ。だから今でも、A級戦犯というのは、勝者が言うのは勝手ですよ、アメリカやイギリスが言うのは勝手ですが、日本人がね、A級戦犯、A級戦犯というのはおかしいんですよ。それが日本人が裁いてね、それが戦犯というのなら話は違うけれども。勝者が勝手にですね、何のルールもない間に政治ショーをやってね、戦犯だといったから。。。」

A級戦犯

蟹瀬誠一「A級戦犯、B級戦犯・C級戦犯とかね、日本の人達がどれだけ理解しているのか。僕は大学で教えているけれども、大学で学生にどうなんだというと、A級戦犯の人は絶対に許されないんだと、ずっとA級(永久?)に戦犯なんだからというね」

宮崎哲弥「だから、A・B・Cというのは、区分なのです。だからB・C級だって死刑になった人、いっぱいいるわけですよ。」

蟹瀬誠一「B・Cというのは殺人と、通常の戦争の。。。。」

稲田朋美「B・C級戦犯でもね。。」(遮られる。。)

三宅久之「この番組でね、中国の学生諸君が来たことがあったわけですけど。その時、A級戦犯って何ですかというと、一人も答えられなかったんですよ。A級戦犯ってのは悪いんだ、中国を侵略したんだってことを教えられている。。。」

宮崎哲弥「だから、あれはA種戦犯という、というのを使った方がいいですよ」

橋下弁護士「A級というとね、物凄い戦犯になってしまう、勘違いされてしまう。」

稲田朋美「すみません、B・C級戦犯でいうとね、B・C級戦犯では、連合国。。100人以上の人が戦犯で銃殺刑に処せられたんですけど、そのB・C級戦犯がどんなんだったかというと100人斬りもそうだったんですが、ほとんど証拠がない、実際、サンフランシスコ平和条約が発行する直前の国会で、その当時を見てきた人が証言してきているのですけど、人違いとか、あとそこに居ただけとかAという事件では無罪だけれども、Bという事件では有罪という、結局、銃殺刑になるまでBという事件が何であったのか裁判所が言わなかったとか、あと検察官が起訴状を読んだらあまりにも、おかしな話で、裁判官笑ってしまって、無罪にしてしまったとか、本当にもう裁判じゃなくって東京裁判もそうですけれど、裁判というからおかしくて、あれは茶番というふうに通称しないと誤解するのではないかなと。。。」

辛坊治郎「B級の中にはよく出てくる話ですけど、捕虜虐待で死刑になったと、何をしたのかというと、木くずを喰わしたと。。」

たかじん「なに?」

辛坊治郎「木くず。カンナくず。食べさせたのはカツオぶし。カツオぶしなんか分からないから、木くず。木くず、無理やり喰わして虐待だー」

三宅久之「あのね、木の根を喰わしたというのがあるんですよ。ゴボウのことなんだね。それはね。日本人では別に不思議に思わないけど。。」

辛坊治郎「ただ確実に言えるのは、日本は戦争に負けた。独立する52年に独立する条件として、東京裁判の判決は受け入れますから、独立させて頂戴というて、頭下げて、独立しているわけだから、しょうがね~じゃないかという話じゃないですか」

稲田朋美「それはね、死んだ人を生き返えさせられないとか、不当な裁判だけど、水に流すわという意味だけで、判決に書かれた嘘とかね、判決に書かれた不当な事実がね、本当だったとか、あの裁判が正当だったんですというところまで、卑屈に日本人がならなくてもいいじゃないかなと思います」

田嶋陽子「これから学者が調べればいいじゃないですか。でも私らは学者じゃないし、それに一生かけるわけにはいかないから、裁判が不当だとしたら、みなさんの力でそれはきちんと調べていけばいい。2000万人の人と、310万人の人が死んだり、殺されたり、間違って刺されて死んだり、えらい目に合っていることは事実なんだからそのことはきちんと。。。」

橋下弁護士「昭和28年の段階で4000万人の国民がね、全部、戦犯を赦免しようと無罪放免にしようと署名が集まって国会一致で無罪放免にしたんですよ。それはなぜ、メディアの方で伝わってこないかというと、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムといって、要は占領軍がですね、一切、戦犯とか東京裁判についての批判とか言及したらならんと。。。学者の人がですね、サンフランシスコの11条。判決を受け入れたから、すべて日本は受け入れたんだと、小泉さんもそんな事、言っちゃって、大間違いでしてね。あれを受け入れたら何かと言うと。。サンフランシスコ講和条約。。平和条約を結ぶと、戦犯というのは全部、無罪放免になるんです。それはもう、国際慣行なんです。それを今回の東京裁判でやらないでおこう。日本というのは、とんでもない奴らだから平和条約を結んだとしても、戦犯は戦犯として、刑を執行しましょうという意味だけでね。。。」

三宅久之「今の橋下さんの解釈、誠に正確でね。私は思わず見直したよ。」

蟹瀬誠一「僕は田嶋さんがおっしゃっているようにですね、○○的に。。。100%、正しいと求めることは弁護士の立場から当然のことだと思うけれども、やはり歴史の大きな流れの中でね。どういう状態だったのか、そしてその時の同時代性というのを僕らは持たないと、今の時代で振り返ってみたときには、これはけしからんという話になるわけで。。。」

三宅久之「同時代性ということはね、たとえば日本が植民地支配というけれども、それでは、アジアで植民地じゃない国は、日本とタイだけですよ。あとは全部、植民地なんだよ。だからね、その時には、どこの国もそうだったんだから。村山内閣の時にね、土井たか子さんが団長として、謝罪使節団を出した時にね、他の国に行っているわけですよ、フィリピンのラオス大統領とかね。アメリカはこの国を植民地したけど謝りに来た事、一回もないよと言っているわけですよ」

蟹瀬誠一「村山さんは、あの時には、一時的な国策の誤りで。。」

村山談話

三宅久之「彼はね、国策ということが分かってないんですよ。分かってないポン助がね、。。(解読不能・・・)???。。自民党が一番悪いよ。」

田嶋陽子「今頃ね、みっともないよー。恥ずかしいよ。満州事変から、支那事変から、みんな日本が仕組んでやったんでしょ。満州ってところは利権が。。。」

橋下弁護士「その当時のね、世界史のね、帝国主義を見て下さいよ。」

田嶋陽子「じゃね、人が泥棒したら自分も泥棒してもいいの?子供の頃、言うと怒られた親に。(解読不能・・・)???私だっていいじゃん、人が悪い事して自分もやればいいのかって、あんた達のいうことはそれと同じよ」

橋下弁護士「地域の慣行。。。??長屋でねちょっと醤油とってきてもいい、そんな地域もあるわけですよ」

(解読不能・・・)

稲田朋美「ひとつひとつのね、間違いがあったとか、日本がやったことで間違えたとか、満州事変、支那事変についてね、こうすべきだったという誤りはあったと思うんですけど、国際法によってそれが侵略戦争だったかというと

田嶋陽子「人が死んでいるのに。。法で隠れ蓑にするんじゃないよ。あんた人が死んで(解読不能・・・)法律の隠れ蓑よくないよ」

(解読不能・・・)

橋下弁護士「有史以来、何百万、何千万、何億人死んでいるわけではないですか。。。」

田嶋陽子「そうやって一般化しちゃって、だからやってもいいの?」

(解読不能・・・)

橋下弁護士「(解読不能・・・)。。今後はだめですよ。当時は仕方なかったと出てくるじゃないですか。

(解読不能・・・)

宮崎哲弥「(解読不能・・・)

桂ざこば「田嶋先生ね、人が死んだんだよと言うたでしょ。ほんなら、池田の事件でも子供たち死んでいるわけよ。そやのに、先生はね。。」

田嶋陽子「責任とって彼は死刑になったでしょ」

桂ざこば「彼も人間だよとか。。。先週も、先々週かな、凶悪犯だって人間だよって、なんか言う事が違うんよ」

田嶋陽子「ざこばさん、犯罪を阻止する為には、その人も人間だよって考えて、どうしてそういう犯罪に至ったかを研究しないと犯罪はなくならないの」

(全員発言。。。解読不能・・・)



辛坊治郎「パール判事がね、やっぱり日本は悪いって話があったんですけど、パール判事は実際何と言っていたかというと。。(紙を取り出して読む。。)もし、非戦闘員の生命・財産の無差別破壊というものがいまだに戦争において違法というならば、太平洋戦争においては、原子爆弾の使用の決定が、唯一、ナチス指導者たちの指令に近似した(似たような)ものである。本件の被告(つまり東条英機以下ですね)本件の被告の場合はナポレオンやヒットラーなどのいずれの独裁者ともいかなる点でも同一視することが出来ない。日本の憲法は完全に機能を発揮していた。つまり、それぞれの人たち、東条英機をはじめとして、いわゆる国の、ついたポジションに乗っ取ってその役割を果たしただけだったと。。いうのがパール判事の判決文です」

橋下弁護士「A級戦犯に対しては、”平和に対する罪”というのは、その当時、一切なかったんです。ただしその当時、第二次世界大戦に明確にあったルールというのは、非戦闘員、いわゆる一般市民を無差別に殺してはならないというのは、もうその当時ルールがあったんです」          

宮崎哲弥「本当に、ヒューマニティーに対する罪があるとするならば、原爆ですよ。何十万人も日本人を殺した、無差別に殺傷したアメリカだよ」

橋下弁護士「それが一番の戦争犯罪なんですよ。(田嶋さんに向い。。→)そのことについてはどうなんです?原爆投下に関しては。」

田嶋陽子「人道に関する罪に関して言った場合、人道に関する罪というのは日本では低く扱われていたと言ってるよね。人道に対する罪っていうのは、ナチスが自国民である、ユダヤ人を殺した、自国民を殺した事を裁くために出来たのが人道に対する罪で、日本の場合は、そのことでもって当時自国民であった、朝鮮人を植民地化したり、強制連行したり、従軍慰安婦にしたりした、そういうことは、だから日本では裁かなかったわけですよ。」

橋下弁護士「違います。それは違います。人道に対する罪で起訴出来なかったの。それは起訴出来なかったの。それは東京裁判の中できちんと認識してもらいたいのは、人道に対する罪では、誰も裁かれていません

田嶋陽子「だから、裁かなかったのは。。。」

橋下弁護士「違うの、裁けなかったの。出来なかったの」

辛坊治郎「植民地にしたことで罪になるのだったら、ヨーロッパの国どうなるの・・・」

田嶋陽子「アメリカも植民地持っていたし、オランダもイギリスも持っていたから、裁かなかったの」

橋下弁護士「違う!裁けなかったの」

宮崎哲弥「どうして、そういう連中が裁く権利があるんだよ。」

田嶋陽子「だから、裁かなかったの。日本はそれで救われたわけ。今でもって曖昧になっているから靖国の問題や韓国の問題が出てくるんだ」

橋下弁護士「(田嶋さんへ→)じゃ原爆投下はどうなるんですか?」

辛坊治郎「あの東京裁判で、この人等は悪いと、この人等は悪いから責任とってもらおうやということで、7人絞首刑になって死んでもらったと。それが為にですね、一般国民は悪くなかったというんで52年に割と早く独立を回復してですね、ここまでの経済発展がきたという背景はあるわけです」

橋下弁護士「だから、政治としては、正当だったかもわからないです。占領政策においては。」


____________________________________________________________________

パール判事(ラダ・ビノード・パール)(1886年~1967年)
インドの法学者、裁判官。

国際連合国際法委員会委員長も務めた国際法学者であり、東京裁判の11人の判事の中でやはり唯一、国際法で学位をとった判事です。

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パールは『パール判決書』(裁判の際に提出した意見書)
 「戦争に勝ち負けは腕力の強弱であり、正義とは関係ない。」

A.J.ノック
 「現代の歴史家でさえも、つぎのように考えることができたのである。すなわち『ハル・ノートのようなものをつきつけられれば、モナコ公国やルクセンブルク大公国でさえ戦争に訴えただろう』



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☆極東国際軍事(東京)裁判☆





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