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4 【揺らぐ沖縄 すり込まれた反基地】(上)教員が県民大会に生徒を「動員」4/4
【揺らぐ沖縄 すり込まれた反基地】(上)教員が県民大会に生徒を「動員」
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2010.7.7

このほか、『蛍の光』『荒城の月』『母さんの歌』『赤とんぼ』『月の砂漠』『雪のふる町を』『静かな湖畔』『大きなくりの木の下で』『通りゃんせ』『木曽節』などの童謡や民謡も数多く盛り込まれた。

 前述の校長経験者は「とにかく本土に対する強い思いから、復帰を心の底から願っていた。
海上で復帰運動をしたり、トラックの荷台に椅子(いす)を並べ、
そこに座って日の丸を振って運動したりしたことを、今でも思いだす」と話す。

 ところが、関係者によると、沖縄の本土復帰前年の46年9月、教職員会は解散に追い込まれ、
沖教組が結成された。沖教組は47年5月の沖縄の本土復帰を経て
49年に米軍基地撤去などを求める闘争を全国的に展開するため日教組に正式加盟し、
組織的に反米軍基地闘争や反日運動を開始した。
同時に、子供たちに対し、反日教育を徹底して行うようになったという。

 教職員会が果たしてきた使命に終止符が打たれ、
県民に反日イデオロギーを刷り込む「機関」と化した。

 当然のように、教員たちは日の丸を掲揚しなくなった。

教職員会の愛唱歌だった『前進歌』の
4番の歌詞「友よ仰げ日の丸の旗/地軸ゆるがせわれらの前進歌/前進前進前進前進輝く前進だ/足並がひとりでに自然に揃(そろ)う/だれも皆心から楽しいからだ」も削除された。
沖教組にとって「仰げ日の丸の旗」は“許されない歌詞”だった。






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[米軍基地]  thema:沖縄 - genre:地域情報
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