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シー・シェパード高速船沈没、自作自演だった
シー・シェパード内部分裂深まる 元船長、「自作自演」暴露
2010.10.8 23:13

 環境保護を標榜(ひょうぼう)する米団体「シー・シェパード(SS)」による調査捕鯨妨害事件で有罪判決を受け、ニュージーランドに帰国したピーター・ベスーン氏(45)が最近、SSと代表のポール・ワトソン容疑者(国際手配中)について「不正直だ」「道徳的に破綻(はたん)している」などとニュージーランド・ヘラルド紙などに批判を繰り返している。7日には、日本船と衝突後、南極海に沈没したSS抗議船アディ・ギル号は「ワトソンがPR目的のために、沈めるよう指示を出した」とSSの自作自演行為だったことを暴露、内部での対立が深まっている。

 ベスーン氏はアディ号の船長として、昨年12月以降、SSの捕鯨妨害行為に参加。2月に洋上で日本船に乗り込み、海上保安庁に逮捕された。

 ベスーン氏は衝突で大破したアディ号は曳航(えいこう)可能な状態だったのに、故意に沈められたと証言。SS幹部から「真相を誰にも言うなと口止めされた」という。

 ワトソン容疑者はかつて自分の著書で、妨害行為を有利に進めるために、「派手派手しいドラマを演出し、相手をだませ」「人々の信頼を勝ち得るために犠牲者のふりをせよ」などと記したことがある。

 当時、SSの抗議船には米有料チャンネル「アニマル・プラネット」の撮影班が乗船しており、ベスーン氏は、船を沈めることで「メディアを引きつけようとした」とも述べた。

 米ハリウッドの大口寄付者も「ベスーンはワトソンより正直だ。ワトソンは新聞の大見出しと、寄付金獲得のために宣伝行為を行った」と批判している。



関連

佐々木正明さんの「Cool Cool Japan !!!」 (シーシェパード) :イザ!

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シー・シェパード高速船沈没、自作自演だった
10月8日(金)1時9分

 【シンガポール=岡崎哲】米国の反捕鯨団体シー・シェパードによる調査捕鯨妨害事件で、日本で有罪判決を受けたピーター・ベスーン元船長は7日、ラジオ・ニュージーランドに出演し、今年1月に小型高速船「アディ・ギル(AG)号」で日本の調査捕鯨船団の監視船「第2昭南丸」と衝突、沈没したのは、シー・シェパードのポール・ワトソン代表の指示による自作自演の沈没だったことを暴露した。

 ベスーン元船長は、「高速船は衝突後、えい航可能な状態だったが、(沈没したと発表すれば)『世の同情を買い、テレビ映えする』として、わざと放棄、沈没させるようワトソン代表に指示された」と語った。


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【衝撃事件の核心】法廷で流したあの涙は一体… SS元船長の“変心”と“戦術” 
2010.8.14 12:00【産経ニュース】

 「私はシー・シェパードの戦いを信じる」-。先月12日、ニュージーランドで飛び出したのは意外な言葉だった。環境保護を標榜(ひょうぼう)する米団体「シー・シェパード(SS)」のピーター・ジェームス・ベスーン元船長(45)=ニュージーランド国籍=の会見が開かれたのは、日本の調査捕鯨への妨害行為で傷害罪などに問われ、執行猶予付きの判決を得たわずか5日後。「日本人に敵意は持っていません」と涙ながらに語った法廷での姿とは、あまりにも対照的だった。あの涙は、SSの法廷戦術だったのか、それとも…。(滝口亜希)

■ SSのオリジナルトレーナーで会見 裁判への不満ぶちまける

 「日本は調査捕鯨で1万頭以上のクジラを殺し、収入を生み出している。これは商業捕鯨と呼ぶ以外なく、ばかげている」

 自身の地元、オークランドのホテルで開かれた会見に出席したベスーン元船長は冒頭、声明文を読み上げて、日本が南極海で行っている調査捕鯨を痛烈に批判した。

 ベスーン元船長はSSの黒いオリジナルトレーナー姿。傍らには、日本の調査捕鯨船団の監視船「第2昭南丸」と衝突し、大破した抗議船「アディ・ギル」号に、かつてベスーン元船長とともに乗船していたSSのオランダ人メンバーも同席するなど、“SS色”が全面的に押し出された会見だった。

 ベスーン元船長は2月11日、南極海で第2昭南丸に酪酸入りのガラス瓶を放って乗組員1人にけがをさせた上、同月15日には、防護用ネットをナイフで切って第2昭南丸船内に不法侵入したとして、傷害や艦船侵入など5つの罪に問われた。東京地裁は先月7日、懲役2年の求刑に対し、懲役2年、執行猶予5年の判決を言い渡した。

 「人を傷つける意図はなかった」と否認した傷害以外は全面的に起訴内容を認め、念願の執行猶予を勝ち取った形のベスーン元船長。航海と逮捕、裁判を経て約8カ月ぶりとなった帰郷に、オークランド空港で知人を見つけると、歓喜の声をあげた。

 しかし、その後に続いた言葉は「自分がしたことを後悔していない」というものだった。

 「アディ・ギル号が大破した責任は日本側にある。しかし、第2昭南丸の船長は罪に問われず、裁判にすら出廷しなかった。自分だけが裁判を受けたのは間違いだった」

 「日本は自分に都合の良いときだけ、法律にのっとっていると主張する」

 ベスーン元船長は会見で、日本の裁判への不満をぶちまけた。

■ テレビ出演にエミー賞ノミネート… SSの“広告塔”に

地元メディアや外国の通信社、日本の報道機関はこぞって、ベスーン元船長の“変心”を伝えた。各メディアがこう判断した背景には、SSの動きもある。

 SSは東京地裁での公判中に、ベスーン元船長がアディ・ギル号に弓矢を持ち込んだことが同団体の「攻撃的だが非暴力的な行動」という方針に反するとして、元船長を「除名」処分とする声明を発表。しかし、判決が出ると一転し、「日本での刑を軽くするための法廷戦術だった」として、あっさり処分を撤回したのだ。

 実際、ベスーン元船長自身も、公判では「今後、南極海に行くことはない」とSSの活動からの引退ともとれる発言をする一方、帰国後の取材には「日本の裁判で、南極海に行くかどうかについては、何の法的な誓いも立てていない」とも話していた。

 また、ベスーン元船長はその後も、SSのオリジナルトレーナーを着て地元テレビ局の情報番組などに出演している。

 米有料チャンネル「アニマルプラネット」がSS特集番組「Whale Wars(クジラ戦争)」で、アディ・ギル号と第2昭南丸が衝突した際のベスーン元船長の様子を紹介すると、高視聴率を記録。同番組も、優秀なテレビ番組に与えられるエミー賞にノミネートされるなど、ベスーン元船長はいまやSSの“広告塔”のような役割を果たしている。

■「日本人は尊敬できる人」 たどたどしい日本語で

 しかし、ベスーン元船長が日本の法廷で見せていたのは全く違った姿だった。

 「私が日本の皆さんに理解していただきたいことを述べたいと思います」

 今年6月、東京地裁で4日間の審理を終えたベスーン元船長は、最後に裁判長から意見陳述を促され、たどたどしい日本語で話し始めた。ベスーン元船長の手元にあったのは、自筆の紙。弁護人によると、ベスーン元船長自身が「自分の言葉で日本の人たちに伝えたい」と希望。日本語の発音と英語を書き込み、最終陳述に臨んだという。

 「私が抗議活動に参加した理由ですが、日本の違法な捕鯨活動に抗議しようとしたのであり、乗組員にけがをさせようとする意図はありませんでした」

 「私は、日本には日本の、ニュージーランドにはニュージーランドの法律があり、捕鯨に対する考えが違うのも理解しています」

 自然保護に対する自分の考え方を述べたベスーン元船長。約10分間に及んだ陳述の最後では、日本人への思いにも触れた。

 「捕鯨活動をする人には敵意を持っていましたが、それが間違っているのに気づきました。今では、日本人は寛容で思いやりがあり、世界でもっとも尊敬できる人だと思っています」

 ベスーン元船長は時折、涙ぐみながら「ご迷惑をおかけした人には申し訳ない気持ちです」とも話した。

 約1カ月後の7月7日、執行猶予付きの判決を言い渡されると、ほっとした表情を見せ、弁護人に「判決の内容を妻に伝えて」「早く帰って家族と友達に会いたい」などと書いた紙を渡したという。

■ 弁護人も驚き 「SS代表が利用」との声も

 では、ベスーン元船長が法廷で流した涙は、本当に戦術だったのか。

 東京地裁での公判を担当した代理人の弁護士は、ベスーン元船長の帰国後の発言について、「報道を見たとき、彼の真意が正確に伝わっているのか、と思ったのが第一印象だった」と驚きを伝える。

 その一方で、この弁護士は「彼の英語は非常になまりが強く、法廷通訳も誤訳しかけたほど。私たちも言葉の壁があり、彼の真意をすべて聞き取れたかといわれれば自信はないが、帰国後の報道についても必ずしも正確に伝えられているといえるのだろうか」と、海外メディアの報じ方に疑問を呈した。

 また、ベスーン元船長の人柄については「日本風の言い方をすれば、彼は一本気な人。異国の慣れない環境で、計算高いことをできる人ではないと思う。少なくとも、法廷で語った言葉は彼の本心だと感じた」と振り返った。

 SS問題に詳しいジャーナリストは、「ベスーン元船長自身は、日本でもニュージーランドでも常に同じことを発言している。ただ、もともと、捕鯨には良い感情を持っていない地元メディアが報じたことで、日本とは違う部分がクローズアップされたのではないか」と分析。その上で、「正直な人物だからこそ、SSのポール・ワトソン代表に都合のいいように扱われている」とも指摘する。

 SSは早くも今年11月から、反捕鯨キャンペーンを再開することを表明。

SSの広告塔となるのか、家族との平穏な暮らしに戻るのか。ベスーン元船長の真意が問われる日は近い。


ベスーン


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ベスーン被告を強制送還 SS元船長、成田空港から
2010.7.9 21:24【産経ニュース】


 米団体「シー・シェパード(SS)」による調査捕鯨妨害事件で有罪判決を受けたSS抗議船元船長でニュージーランド国籍、ピーター・ジェームズ・ベスーン被告(45)は9日、成田空港から強制送還された。

 7日の東京地裁判決後、捕鯨船団の監視船に侵入した際に旅券を所持していなかったとして、不法入国の疑いで東京入国管理局に身柄を引き渡されていた。

 9日夕、成田空港で東京入管の係官に伴われ、送還されるニュージーランド航空機内に入った。空港には日本メディアのほか外国通信社数社も取材に訪れた。

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シーシェパードの裏側







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[似非平和を語る集団]  thema:ニュース - genre:ニュース
抗議に反応なく 米兵、浜清掃や観月会 平良港寄港
抗議に反応なく 米兵、浜清掃や観月会 平良港寄港
2010年9月24日

21日から宮古島市の平良港に寄港している米海軍佐世保基地所属の掃海艦ディフェンダー(1312トン、乗組員80人)は、23日も引き続き同港第1埠頭(ふとう)に接岸している。アンドリア・スラウ艦長ら乗組員は、市民団体の抗議の中、午前8時すぎから同市平良のパイナガマビーチを清掃。夜には同市上野の航空自衛隊宮古島分屯基地で開催された観月会に出席した。掃海艦は24日正午ごろ出港予定。
 ビーチ清掃時には反対派住民らが「NO BASE」などと書かれたプラカードを手に抗議。乗組員らは市民に目を合わさず、反応はなかった。スラウ艦長は「言論の自由があり、皆さんはそれを行使している」と話した。
 航空自衛隊宮古島分屯基地の観月会にはスラウ艦長、レイモンド・グリーン在沖米総領事らが参加。地元住民や自衛官らと酒を酌み交わした。
 「下地島空港の軍事利用に反対する宮古郡民の会」など複数の市民団体は23日、宮古島市の繁華街で買い物客らに抗議集会への参加を呼び掛けるチラシを配り、平良港第1埠頭ゲート前で抗議集会を開いた。24日の出港時も抗議行動をする。寄港を伝える新聞を見て初めて集会に参加した古謝幸宏さん(16)=宮古高1年=は「軍艦を生で見ると怖い。宮古に米軍が来たら、事件・事故が起こると思う。来ないでほしい」と話した。


掃海艦ディフェンダー



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尖閣諸島で何が起こっているのか知っているのか。。。

宮古島からすぐそこは尖閣諸島のはずなのに

抗議活動してた市民団体は、中国に対して抗議すべき。

尖閣諸島も沖縄も、当然宮古島も八重山も中国のものと言っているのですよ。


尖閣が中国領になってもよいと思っているのでしょうか。

今は、友好国と固く結束しなきゃいけない時なのに

基地反対の気持ちも分かりますが、このようなプラカードを目前に差し出してくるとは。



アンドリア・スラウ艦長ら乗組員を探して、クソ平和団体の説明と謝罪をしたい気持ちです。


通知して寄港しボランティアして抗議されて

かたや、日本の領海である尖閣2回にわたって船をぶつけられて、

ヤクザのように因縁つけて、フジタ人質4人をスパイ活動として拘束し

(中国ではスパイは死刑もあり)

中国船長を釈放したら、謝罪と賠償を請求。



>スラウ艦長は「言論の自由があり、皆さんはそれを行使している」と話した。

私は、写真を見た時、怒りがこみ上げてきました。

私がスラウ艦長だったら、思わずプラカードを叩いていたかもしれません。

清掃活動も投げ出していたかもしれません。

スラウ艦長には頭が下がります。

「言論の自由があり、皆さんはそれを行使している」

この言葉の意味は深いです。

中国支配下になったら、許可された抗議しか出来なくなるのです。

いざ、中国支配になって中国解放軍にそのようなことをしたら

やったら、拘束、刑務所行き、死刑です。



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米海軍掃海艦、平良港に初入港 市民ら抗議
2010年9月21日

【宮古島】在日米海軍第7艦隊所属の掃海艦「ディフェンダー」(排水量1312トン、乗員84人)が21日午後12時半ごろ、県や宮古島市が自粛を求める中、同市の平良港に入港した。県内の民間港への米軍艦船の入港は、2007年6月の与那国町祖納港、09年4月の石垣港以来で、平良港には初めて。

 同港ゲート付近では、市内の労組や市民団体らが入港に反対する横断幕やプラカードを掲げ、「軍事利用は許さないぞ」「米軍艦船帰れ」などとシュプレヒコールを上げた。

 同艦入港前に、連合沖縄宮古地域協議会(根間修議長)は、長濱政治副市長を訪ね、下地敏彦市長に対して抗議行動への参加を要請。長濱副市長は「参加するかはケース・バイ・ケースだ」と述べ、不参加の意向を伝えた。


米海軍掃海艦、平良港に初入港 市民ら抗議


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米掃海艦が初入港=中国けん制?抗議の声も-沖縄・宮古島
2010/09/21

米海軍佐世保基地(長崎県)に配備されている掃海艦「ディフェンダー」が21日、沖縄県・宮古島の平良港に入港した。同島に米軍艦艇が寄港するのは初めてで、沖縄の民間港への寄港は2007年以降3度目。急激に軍事力を増す中国海軍をけん制する狙いがあるとみられるが、米海軍司令部広報報道部は「日米親善や友好が目的」としている。寄港は24日まで。
 在沖縄米国総領事館のレイモンド・グリーン総領事は同港内で記者会見。今回の寄港と、尖閣諸島付近で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した事件は直接関係がないとしながらも、「この地域は戦略的にますます重要になる。われわれの存在感を示すのは大事だ」と強調した。 
 米軍艦艇の民間港への寄港は、日米地位協定で認められているが、沖縄県や宮古島市は外務省を通じ自粛を求めていた。
 平良港前では、寄港に反対する市民ら約30人が「平良港の軍事利用は反対」などと書かれた横断幕を掲げ、抗議の声を上げた。


米掃海艦が初入港=中国けん制?抗議の声も-沖縄・宮古島


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中国が尖閣諸島や沖縄の周辺をウロウロしている事に市民団体は抗議しないのに

米軍の掃海艦には抗議する市民団体

とても中国が好きなようです。

宮古んちゅ~は、宮古近海でウロウロする中国船や中国潜水艦が怖くはないのでしょうか。


掃海艦というのは、機雷を排除し、海域の安全を図るのを任務とする軍艦だそうで、

超音波により水中の機雷の捜索・種類の類別を行う装置、機雷探知機を備え

発見した機雷を掃討しているので海の危険物をお掃除する船。

市民団体ってのは、何が何でも米軍反対。自衛隊反対ですね。

市民団体!! 中国解放軍にも同じように抗議してみろ



米海軍の掃海艦の入港に抗議する市民団体

プロ市民とは・市民団体


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「尖閣はずっと生活の一部」・・・伊良部島ルポ

「尖閣はずっと生活の一部なのに、中国は何を今さら」――。沖縄・尖閣諸島沖での漁が最も盛んな伊良部島(沖縄県宮古島市)で、中国漁船衝突事件の船長が釈放され、中国政府が「謝罪・賠償」まで求めていることに動揺と反発が広がっている。島民が戦後、カツオ節工場を営むなど、尖閣諸島は古くから身近な存在だった。島の危機感は強く、自衛隊配備を求める声も出ている。(角谷志保美)

 宮古島からカーフェリーで約25分。澄んだ海を進み、人口約6000人の伊良部島に着いた。尖閣諸島最大の魚釣島から約200キロ。AMラジオは日本語よりも中国語放送が入りやすい。島内を歩くと、住民の不安を肌で感じた。

「今年の冬は漁ができるだろうか」。尖閣沖で40年近く漁を続けてきた「第5喜翁丸」(9・9トン)の漢那(かんな)一浩船長(61)が、港でため息まじりにつぶやいた。

 夏場は近海のカツオやマグロを捕るが、魚が少なくなる11月末~2月は尖閣沖に向かう。夕方に出発し、翌日未明に到着。魚釣島沿岸部などでヤイトと呼ばれるサバ科の魚の一本釣りをして、夕方に引き返す。

 ここ数年は海上保安庁の巡視船が海域に入る船をサーチライトで照らして確認するなど、警備が厳しい。疑われないよう出漁の際は海保に自主的に連絡している。気を使う漁場だ。

「日本を甘く見た中国漁船とのトラブルが頻発すれば、もう海域に入れなくなるかもしれない」。乗組員9人に加え、生き餌を捕る漁師6人の生活もかかる。港にいた漁師や仲買人は「今のままでは尖閣がいずれ中国の領土になる」「国は守ってくれるのか」と口々にまくしたてた。

 尖閣諸島は1895年に沖縄県へ編入されて開拓団が入り、最盛期には計約250人が住んだ。戦況の悪化で無人化したが、戦後は伊良部島や石垣島などの漁師が周辺海域で操業。「街のようなにぎわい」というほど多くの漁船が詰めかけ、1950年前後にはカツオ節の処理工場が次々と開かれた。

伊良部島に住む喜久川繁さん(75)は中学卒業と同時に尖閣諸島の南小島に渡り、数か月間手伝った。「レンガで造った島の水ためには日本人の名が刻んであった。尖閣は昔から日本のものだ」と振り返る。当時は伊良部島の男女5、6人が交代で常駐し、近海で捕れたカツオを加工していたという。

 喜久川さんは「中国は今になって自分たちの領土だと言うが、我々はずっと尖閣で漁をして生活してきた。日本政府は弱腰になっては困る」と、憤然として訴えた。

 伊良部島の漁協からは今冬も3隻が出漁する。組合長の友利(ともり)義文さん(60)は「無防備なままでは島の暮らしを守れない。こうなれば自衛隊の駐留もやむを得ない」と漏らした。隣島には民間機の訓練用飛行場もある。自衛隊駐留を求める声を、ほかにも島のあちこちで聞いた。


「尖閣はずっと生活の一部」・・・伊良部島ルポ


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[市民団体]  thema:沖縄 - genre:地域情報
仲宗根義一:沖縄平和運動センター事務局長
沖縄でチュチェ思想全国セミナー

仲宗根義一:沖縄平和運動センター事務局長チュチェ思想全国セミナーに参加。

 「沖縄・日本・アジアの自主に関する全国セミナー」が10日、沖縄県那覇市内のホテルで行われた。
主催はチュチェ思想研究会全国連絡会、全国セミナー沖縄県実行委員会。
全国各地から日本のチュチェ思想研究者ら120余人が参加し、
総聯中央の南昇祐国際局長、総聯沖縄県本部の金秉鉄委員長がそれぞれ来賓として招かれた。
沖縄でのセミナー開催は1982年以来2度目。


総書記推戴1周年、共和国創建50周年で祝賀宴
 金正日総書記推戴1周年、共和国創建50周年祝賀宴も同日に催された。

平良研一・沖縄キムジョンイル著作研究会会長(沖縄大教授)が乾杯の音頭をとり、
有銘政夫・沖縄軍用地違憲訴訟支援県民共闘会議議長が、共和国を正しく理解し、
朝鮮の自主的平和統一に向けて朝鮮人民と共に、力を合わせてまい進していこうと祝辞を述べた。

 ほかにも佐久川会長島袋議員米盛裕二・沖縄大教授下地玄栄・同、
仲宗根義一・沖縄平和運動センター事務局長金城睦・弁護士らがそれぞれ祝辞を述べた。



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[沖縄平和運動センター
全駐労沖縄(全駐留軍労働組合)
全駐留軍労働組合【ぜんちゅうりゅうぐんろうどうくみあい】
略称は全駐労。
在日米軍基地労働者の全国組織。
1946年全国進駐軍労働組合同盟として発足,1952年現名に改称。
1953年ころは組合員12万を結集。一般の労働組合と同等の権利を有するが,
日本政府による間接雇用の形をとっているため制約も多い。


<用語>全駐労沖縄
 在日米軍基地の日本人従業員でつくる労働組合「全駐留軍労働組合」の略称。
沖縄、長崎、山口、広島、神奈川、東京、青森の7地区本部と、
厚木、さがみ野、横須賀、空軍、マリン、ズケランの各支部で構成。
構成員は約1万6600人(沖縄県内約6500人)。
全駐労沖縄地区本部の前身は復帰運動の中核を担った全沖縄軍労働組合(全軍労)。
1978年全駐労に合流。
96年全沖縄駐留軍労働組合(その後沖縄駐留軍労働組合に改称)が分裂した。
使用主は米軍だが労働条件改善などの交渉は雇用主の防衛省と行う。
政治的には、民主党基軸を打ち出している。



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[全駐労沖縄
全駐労、平和センター脱退 「反基地」に抵抗感
全駐労、平和センター脱退 「反基地」に抵抗感
2008年11月5日(琉球新報)

 全駐留軍労働組合沖縄地区本部(全駐労地本、与那覇栄蔵委員長、約6500人)は4日までに、これまで傘下団体として平和行動に参加してきた沖縄平和運動センター(崎山嗣幸議長)からの脱退を決定し、同センターに通知した。全駐労地本は脱退理由について、構成員の若年化に伴い、基地撤去などの反基地運動に組織内の抵抗があり、理解を得るのが困難になってきたためと説明している。加盟団体の自治労や、教職員組合などと共に平和運動を推進してきた全駐労地本の脱退決定で、米軍基地整理・縮小を掲げて進めてきた同センターの運動は、曲がり角に立たされることになる。

  全駐労地本は、1997年の運動方針(98年度)で「基地撤去」を掲げないことを決定して以来、基地包囲行動にも組織参加ではなく自主参加としてきた。基地撤去を訴える平和運動センターの理念と、職場を奪われたくないという基地従業員の現実的な要求との間に累積してきたひずみが表出した格好だ。

 全駐労地本は、10月25日の定期大会で脱会方針を決定、同27日に同センターに決定を伝える文書を送付した。今後、全駐労地本の平和運動については、連合傘下の組織として継続していくという。

 全駐労地本の座間味寛書記長は「基地がなくなれば仕事がなくなる。10年ほど前から組合の中から、基地撤去を求めることや米軍再編に対し不安の声が上がっている」と述べた。

一方、同センターの崎山議長は、全駐労地本のセンター脱退決定について「6日の幹事会で報告することになるが、現時点で対応策をどうこう言える段階ではない」と述べるにとどめた。

 沖縄平和運動センターは、沖縄戦や米軍統治の経験を通じて沖縄から反戦・平和を発信していくことを目的に1993年2月に護憲反安保県民会議などの運動を引き継いで設立された。「5・15平和行進」や「人間の鎖」など反基地、平和運動を主導している。(滝本匠)

<用語>全駐労
 在日米軍基地の日本人従業員でつくる労働組合「全駐留軍労働組合」の略称。沖縄、長崎、山口、広島、神奈川、東京、青森の7地区本部と、厚木、さがみ野、横須賀、空軍、マリン、ズケランの各支部で構成。構成員は約1万6600人(沖縄県内約6500人)。全駐労沖縄地区本部の前身は復帰運動の中核を担った全沖縄軍労働組合(全軍労)。1978年全駐労に合流。96年全沖縄駐留軍労働組合(その後沖縄駐留軍労働組合に改称)が分裂した。使用主は米軍だが労働条件改善などの交渉は雇用主の防衛省と行う。政治的には、民主党基軸を打ち出している。





全駐労が沖縄平和運動センター脱退


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