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沖縄県知事選挙 2010 沖縄知事選は逮捕覚悟…社民・照屋議員が冗談?
沖縄知事選は逮捕覚悟…社民・照屋議員が冗談?
2010年10月30日09時14分 読売新聞

 社民党の照屋寛徳衆院議員(沖縄2区)は29日、那覇市内で開かれた党の会合であいさつし、沖縄県知事選(11月11日告示、28日投開票)に関連し、「沖縄は『公職選挙法特区』だ。逮捕を覚悟でやってもらいたい」などと述べた。

 知事選で社民党は新人の伊波洋一・前宜野湾市長(58)の推薦を決めている。照屋氏は弁護士出身。会合には福島党首や伊波氏の支持者も出席した。照屋氏は読売新聞の取材に「交流会を盛り上げるため、冗談で言っただけだ」と語った。

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「逮捕覚悟で選挙運動を」 弁護士の社民党・照屋議員
2010年10月29日21時42分【朝日新聞】

 社民党の照屋寛徳衆院議員は29日、11月の沖縄県知事選で同党が推薦する伊波洋一・前宜野湾市長を支援するため那覇市で開いたパーティーでのあいさつで、「沖縄は『公職選挙法特区』ですから。逮捕を覚悟で腹をすえてやってもらいたい」と述べた。

 パーティーには福島瑞穂党首ら党幹部に加え、全国の地方組織から週末のビラ配りなどのために沖縄に来た約90人が参加。照屋氏は「街頭行動を頑張ってもらいたい。公選法を守ろうと思っている人は直ちに(今日の飛行機の)最終便で(帰っていい)」「万一逮捕されたら弁護士は私でなく福島瑞穂を呼んで下さい」と語った。

 照屋氏は弁護士で党県連顧問。伊波氏の選挙対策本部では共同代表を務める予定だ。照屋氏は朝日新聞の取材に「士気を高めるために冗談で言った」と述べ、本気で選挙違反を促したものではないと説明した。


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[沖縄
皇太子ご夫妻“襲撃”元活動家が名護市市議に当選 基地闘争激化か
皇太子ご夫妻“襲撃”元活動家が名護市市議に当選 
基地闘争激化か

産経新聞 10月10日(日)

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、

辺野古およびその周辺が、県外から集結する反米・反日活動グループの拠点になり、

「闘争」がこれまで以上に過激になるのではという危機感が地元で広がっている。

9月の名護市議選で、飛行場の受け入れ反対派が圧勝したことなどが理由だ。(宮本雅史)


 選挙は定数27人に対し、受け入れに反対する稲嶺進市長派が16人を占めた。


 名護市内の飲食店経営者は、

「反対を前面に打ち出した4、5人の候補者が労働組合などの支援で当選したため、

反対活動が活発化するのは避けられない。

特に川野純治さん(55)が当選したことが大きい。

彼はPTAの活動を通して地元との関係を強くしていたが、


経歴や現在の活動内容が不安材料だ」と話す。

 公安関係者によると

川野氏は、天皇陛下が皇太子時代の昭和50年7月に沖縄県をご訪問された際に

糸満市内で、ご夫妻の車列に、空き瓶やスパナ、鉄パイプの切れ端のような物を投げつけて

“襲撃”した人物。

公務執行妨害容疑で逮捕、懲役1年6月の実刑判決が確定した。



 当時の報道や関係者の証言によれば、川野氏は当時、

「流血も辞さない戦いで皇太子上陸を阻止する」

と宣言
していた。 沖縄解放同盟準備会(沖解同)の活動家。

事件について川野氏は平成9年6月、新聞社のインタビューで

「天皇と沖縄戦の問題を考え、ふと現代に目を移すと、

同一線上に巨大な米軍基地がありました」と振り返っていた。

 活動家グループの機関紙やホームページなどをみると、

川野氏は事件後も米軍基地反対運動を積極的に展開

9月の名護市議選では「移設反対を徹底する」と訴えていた。

 ある市議は「事件のことは投票日直前に一部市民の間で流れたが、

ほとんどの市民は知らなかった」
と指摘する。

 公安関係者は「市議という公の立場にあることで、川野氏の発言力も増す。

全国から同志が集まり、反対運動が激化する可能性も高い」と警鐘を鳴らす。

 すでに辺野古では、反対運動に変化が出始めているという。

ある自営業者(61)は

最近、県外から活動家らしい人物が集結

しているようだ。


反対運動を展開していた地元のオジーやオバーも反対運動から排除されつつあるという話を聞いた。

県外から反対活動家が集まり、辺野古が反対運動の拠点になるのではないかと不安だ」と語る。

 基地問題などに積極的に反対姿勢を見せる地元の退職教職員会支部が最近、

15年ぶりに復活したことに危機感を募らせる声もある。

 ある地元民は「全国から退職教職員が夫婦で名護に来て選挙活動を展開していた」と、

名護が活動家の拠点になる可能性を危惧(きぐ)している。



ひめゆりの塔事件



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名護市議選の結果

http://www.city.nago.okinawa.jp/gikaisenkyo2010/kaihyou.htm

27位当選の 「かわの 純治」 こと 「川野純治」

ないちゃーの左翼活動家

彼が沖縄でしてきたことは、この動画のようなこと。




共産主義者同盟紙で褒められており、集会では講師になり、ひめゆりの塔で活動したことを自慢話にしています。


名護市議選では社民党の推薦。

懲役1年6月の実刑判決。


【抗議先】

名護市議会事務局
〒905-8540沖縄県名護市港一丁目1番1号

TEL(0980)53-1212〈代表〉内線301・305
(0980)52-3256〈直通〉
FAX(0980)53-6906〈直通〉

gikai_atmark_city.nago.okinawa.jp

(注)迷惑メール防止のため、メールアドレスの一部を変えています。
    「_atmark_」を「@」置き換えてください


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共産主義者同盟紙で川野氏は褒められてる!?



関連

断固抗議すべき。天皇陛下を襲撃した川野純治が名護市市議に -- やまと新聞

川野純治 -- ウィキペディア

陛下に火炎瓶を投げた男が名護市会議員に、追記あり -- 狼魔人日記

辺野古の左翼活動家

ひめゆりの塔事件


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[沖縄]  thema:沖縄 - genre:地域情報
沖縄県知事選挙 2010 伊波洋一 仲井真弘多
普天間争点に政策協議 知事選まで2カ月
2010年9月28日

11月28日投開票の県知事選まで、28日で残り2カ月。米軍普天間飛行場移設問題の対応を最大の争点にした最大の政治決戦に向け、各党の政策協議が本格化している。自民、公明の与党陣営は、現職・仲井真弘多氏(71)の立候補表明を受け、あいさつ回りなどで支持拡大を図っている。社民、共産、社大の野党3党は伊波洋一宜野湾市長(58)を擁立し、12年ぶりの県政奪還へ選挙態勢の確立を進めている。一方、国民新党幹事長の下地幹郎衆院議員(49)への出馬要請を決めた儀間光男浦添市長らのグループは最終的な協議が大詰めを迎えている。民主党県連も独自候補の擁立を目指す。

 知事選は事実上、仲井真、伊波両氏による一騎打ちの公算で動きだしている。

 仲井真氏は15日、那覇市内で開いた後援会主催の激励会で「集まっていただいた多くの皆さんが『前へ進め』とのことなので、前へ進む。よろしくお願いします」と立候補を表明した。

 組織態勢の人選を協議しており、30日に与党や経済界などを網羅した選挙母体「美ら島かがやく県民の会」(仮称)の発起人会を開く。那覇市牧志の沖映通りに事務所を設置し、10月7日から本格的に始動する。


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沖縄と共に「自立国家日本」を再建する草の根ネットワーク(JSN)を転載させて頂きます。

JSN■沖縄防衛決戦:伊波陣営の正体!

11月28日には、沖縄防衛決戦:「沖縄県知事選挙」の投票が行われます。

何故、沖縄防衛決戦というのかというと、この戦いで仲井真知事が負けると日本は
植民地になるからです。

まさかと思うかもしれない方もいますので、その理由を何度かに分けて説明したいと思います。

まず、伊波洋一のプロフィールを御覧ください。


<伊波洋一プロフィール>
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/2633/647.html
伊波 洋一 (いは よういち)
 生年月日  1952(昭和27)年 1月 4日
 出 身 地 宜野湾市嘉数
 趣 味  読書、映画
 座右の銘  基地のない平和な沖縄 
好きな食べ物  沖縄そば、豚肉料理
 宜野湾市の好きなところ 
         温厚な人情、地域の人々のつながり、おだやかな地勢


*************

「基地のない平和な沖縄」が座右の銘です。


<伊波陣営の正体>
(1) 伊波洋一は米軍基地撤去だけではなく、
安保破棄を目指している政治家である。

(2) 伊波陣営は、日米安保破棄をミッションとした団体である。


彼の選挙事務所は、安保破棄沖縄統一連という団体が行っています。


「共産党」「民医連」「医生協」「県労連」「沖商連」「新婦人」「平和委」「民青」の
八つの団体で構成されています。

そして、その団体が発行している新聞があります。

「統一連NEWS」です。


そこには、「日米安保条約の廃棄なくして平和で豊かな沖縄の実現はありえない!」

と書いています。


よりによって、人民解放軍に尖閣諸島を奪われそうになっている時に、
「安保破棄」を目指して選挙運動をやろうとしているのです。


そして、このように書かれています。


<統一連NEWS2010年10月2日 NO.10‐17 より抜粋>

統一連は県知事選挙と宜野湾市長選の勝利にむけて10月1日、那覇市古波蔵の選挙事務所びらきをおこないました。

開会挨拶で新垣繁信代表幹事は、普天間基地の閉鎖・撤去、辺野古新基地建設を許さないこの間の県民のたたかい

を振り返り、「名護市長選、名護市議選は名護市民の勝利であり、次は沖縄県民と宜野湾市民が勝利をめざす番で

す」とし、勝利によって統一と団結はますます固まり、日米両政府を追い込むことになると述べ、両選挙の意義を

強調、各組織が構成員に決起をよびかけるよう求めました。

続いて、安保破棄中央実行委員会の東森英男事務局次長と共産党後援会の古堅実吉さんが連帯の挨拶を述べました。

多忙ななか駆けつけた伊波洋一宜野湾市長・県知事選予定候補は、住民のくらしと平和を守るために築いてきた市

行政を紹介しながら、県知事選挙で勝ち抜いて普天間基地の閉鎖・撤去をかちとりたいと力強く決意を語りました。

(引用終わり)



http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/okinawa10-17.pdf

2010年10月2日


お読みいただいてわかりましたでしょうか?


そう、この団体が1月24日の名護市長選で辺野古反対派の「稲嶺市長」を勝利に導き、

9月12日の名護市議会選挙で、辺野古反対派の勝利を勝ち取ったのです。


そして、ついに最終決戦、「沖縄県知事選挙」に取り組もうとしているのです。

日米安保を破棄するために。。。。。。


そして、この団体を全面的に応援する全国組織の団体が存在します。

「安保破棄中央実行委員会」です。


その機関誌があります。

「安保破棄メールニュース」です。


この新聞は、今年1月名護市長選の時には、タイトルが「名護市長選必勝ニュース」と変わっていました。



ですので、もう少ししたら「沖縄県知事選必勝ニュース」にかわると思います。

この安保破棄中央実行委員会は、全国組織を持つ多くの労働組合が加盟しています。

その全国組織をあげて、「人」、「もの」、「金」を沖縄へ送り込み、沖縄県知事選挙を応援するのです。


是非、皆様も注意深く観察していただきたいと思います。

(JSN代表 仲村)



<安保破棄メールニュース (2010.9.22)>
http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/news10-17.pdf

安保破棄


<安保破棄中央実行委員会加盟団体>
http://homepage1.nifty.com/anpohaikikanagawa/tyuuou1.htm#todoufuken

全労連 / 国公労連 / 全教 / 建交労 / 出版労連 / 全損保
自治労連 / 日本医労連 / 全労働 / 全経済 / 全港建 / 全国福祉保育労
全印総連 / 民放労連 / 検数労連 / 全基労 / 通信労組 / 新聞労連
生協労連 / 全気象 / 自交総連 / 全国税 / 日本共産党 / 新婦人
民青同盟 / 全商連 / 日本平和委員会 / 日本原水協 / 自由法曹団
全生連 / 全日本民医連 / 婦民クラブ(再建 / 日中友好協会
日本ユーラシア協会 / 日本ベトナム協会 / 日本AALA連帯 / 全国地域人権連
国民救援会 / 全借連 / 民主文学会 / 治維法国賠同盟 / 農民連
労働者教育協会 / 日本のうたごえ全国協 / 全学連 / 日朝協会


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関連
伊波市長への見解 問答集

全力で思う「お前が言うな」

反基地イデオロギー教祖・伊波市長 基地が憎けりゃ補助金も憎い

伊波市長の正体・最終章

伊波洋一 @ihayoichi 対話集会(2010年11月4日)


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[沖縄]  thema:沖縄 - genre:地域情報
官房機密費
TBS、官房機密費報道で謝罪 野中氏の指摘受け
2010/08/28 【共同通信】

官房機密費



TBS:官房機密費報道で謝罪 野中氏から指摘受け
2010年8月28日【毎日新聞】

TBSテレビは27日夜の報道番組「NEWS23クロス」で、7月に放送した官房機密費のニュースの中で「報道の公平中立性を欠き、視聴者に誤解を与えかねない」点があったとおわびした。

 同番組は7月21日に、鈴木宗男・衆院外務委員長の証言をもとに「沖縄県知事選に官房機密費から3億円を投入したことがある」と放送したが、当時官房長官だった野中広務氏には「証言内容について取材していなかった」という。野中氏から事実誤認と指摘されたことを受け、この日の番組内で「野中氏は沖縄県知事選挙に官房機密費を支出したことはないと話しています」と伝えた。

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沖縄県知事選挙に官房機密費を使ったという報道に根拠は無かった。

野中氏は否定した。

下記の、2010年8月18日に琉球新報で書かれた記事と

2010年7月23日の沖縄タイムスの記事は事実誤認でした。

新報さん、タイムスさんは、誤解でしたと訂正文を載せるのかな。



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98年知事選に機密費 稲嶺陣営へ 鈴木氏「3億円投入」
2010年8月18日【琉球新報】

【東京】鈴木宗男衆院議員は18日までに本紙取材に対し、大田昌秀元知事と稲嶺恵一前知事との事実上の一騎打ちとなった1998年の県知事選挙で、外務省から上納されていた外交機密費を含む官房機密費から3億円が政府側から稲嶺陣営側に渡っていたと証言した。
当時の小渕恵三首相は鈴木氏に「沖縄は金がかかる」と沖縄側からの要求を示唆、金額は当時の官房長官秘書官にも再確認した。一方で機密費を管理していた当時の官房長官だった野中広務氏は選挙への機密費投入を一切否定した。
 鈴木氏は当時、野中官房長官の下で官房副長官を務めていた。機密費が選挙に使用されたことについて鈴木氏は「機密費は選挙に使うべきではない国民の税金が原資。使う場合は公が中心で選挙は私の部分だ。自民党時代の悪(あ)しき慣例だ」と自戒を込めて話し、11月の県知事選挙に再び機密費が使用されることのないよう警鐘を鳴らした。
 鈴木氏の証言について、野中氏側は「鈴木氏は官房長官ではない。当時の(機密費支出の)責任者の自分がその事実はないと言っているので、どちらを信じてもらうかだ」とあくまで知事選への機密費提供の事実はないと強調した。その上で野中氏の事務所からの資金5百万円の提供があったと説明した。
 機密費投入の理由について鈴木氏は「当時も今も、沖縄が特別な位置付けとされているのではないか」と述べ、普天間飛行場の県内移設など、基地問題で政権の方針に沿う候補者の勝利が目的だったと指摘した。
 野中氏は活用される機密費の月額について、最高で7千万円だと説明。一方、鈴木氏は月に2回の資金補充があり、最高1億4千万円あったと話した。(滝本匠)
………………………………………………………………

聞いたこともない/稲嶺恵一前知事
 稲嶺恵一前知事は琉球新報社の取材に対し、「そのような話は知らない。聞いたこともない」と述べ、選挙資金に官房機密費が拠出されたことは把握していないと説明した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<用語>内閣官房報償費(機密費)
 「国の事務または事業を円滑に遂行するため機動的に使用する経費」とされる。国費から支出し、取り扱い責任者の官房長官が政治的判断で支払う。国内外の極秘の情報収集や、海外で邦人が巻き込まれた事件の非公式交渉などのために使うのが主な目的とされるが、政府は使途や支出先を公開していないため、不透明との指摘が出ている。


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[知事選に機密費?]双方、納得いく説明を
2010年7月23日【沖縄タイムス】

自民党の小渕内閣で官房副長官を務めた鈴木宗男衆院議員(新党大地代表)が1998年11月の沖縄県知事選で、自民党が推薦する稲嶺恵一氏陣営に官房機密費3億円が渡されたと証言した。21日放送のTBS「NEWS23クロス」のインタビューで「(官房機密費を)3億円使ったと聞いている」などと答えた。

 知事選は3選を目指す現職の大田昌秀氏と自民党が推す稲嶺氏が争い、稲嶺氏が大差で初当選した。

 大田氏は米軍普天間飛行場の移設先として名護市辺野古沖の海上ヘリ基地を拒否、政府と対立し経済振興策がストップしていた。稲嶺氏は15年の期限を付けた軍民共用空港を造ると公約し、冷え込んだ経済の活性化を前面に押し出していた。

 鈴木氏の証言が事実であれば、国民の税金である官房機密費を使って政権党にとって好ましい候補者にてこ入れしたことになる。民主主義の根幹をゆがめるものである。

 稲嶺氏の後援会の98年の政治資金収支報告書をめぐっては自民党本部からの寄付に関連し7000万円の出入りの齟齬(そご)が生じたことがある。当時も官房機密費流用疑惑が国会で取り上げられている。

 政府は官房機密費について「国の事業を円滑に遂行するため状況に応じて機動的に使う経費」と説明するが、領収書もいらず、使い道も明らかにされない。会計検査院もアンタッチャブルである。官房長官が管理するが、裏金的な要素が強く、国民の政治不信を招く要因になっている。

 最近になって官房機密費の使途を明らかにし始めたのは、小渕内閣当時、鈴木氏とコンビを組んでいた官房長官の野中広務氏である。

 野中氏は各種インタビューで官房機密費を毎月5000万~7000万円使っていたなどと答えている。引き継ぎ帳があり、野党対策として、自民党の衆院国対委員長と参院幹事長に毎月500万円ずつ、首相側にも1000万円渡していたという。

 政治評論家らに配られたことも明らかにしている。言論がゆがめられる恐れがあるゆゆしき問題である。

 一方、鈴木氏はインタビューで自民党の歴代首相に「夏1000万円、冬1000万円」配られたと証言している。その中で県知事選にも触れ「沖縄サイドからそういう申し出があった。やっぱり選挙は勝たなければならない中で、最終的に判断されたと聞いている」と言っている。

 当時の稲嶺氏の選挙責任者らは鈴木氏に名指しされたのも同然である。

 確かに鈴木氏の証言には具体性に欠けるところがある。しかし、鈴木氏は旧沖縄開発庁長官を務め、現在は衆院外務委員長の要職にある人物である。

 稲嶺氏本人は同じ番組で「お金にはまったくタッチしていないし、そのようなことは知らない」と反論している。

 ぬれぎぬなのであれば、今度は選挙を主導した責任者らが鈴木氏に答える番だ。鈴木氏にはもっと具体的に、稲嶺氏陣営には県民が納得できる説明をしてもらいたい。


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[沖縄
ひめゆりの塔事件
ひめゆりの塔事件(ひめゆりのとうじけん)とは、1975年7月17日に、沖縄県糸満市で発生した皇太子および同妃に対するテロ事件。知念功は、「火炎瓶処罰法」違反の現行犯で逮捕された。

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皇室としての第二次世界大戦後初の沖縄県訪問に際し、ひめゆりの塔を訪問し献花しようとした皇太子および同妃に、新左翼党派・沖縄解放同盟準備会(沖解同(準))と共産主義者同盟(西田戦旗派)のメンバー2人が、潜伏していた洞窟(ひめゆりの壕)から火炎瓶を投げつけたテロ事件。皇太子および同妃や関係者に大きな怪我はなかった。


「私たちは沖縄の苦難の歴史を思い、沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぎ、ともどもに力をあわせて努力していきたいと思います。払われた尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません。」(初めての沖縄ご訪問の折、ひめゆりの塔で火炎瓶事件があった夜に県民に対して発表されたメッセージ・昭和50年7月17日)


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事件の背景
復帰後に開催された沖縄国際海洋博覧会に際して、皇太子および同妃(後の今上天皇と皇后)が沖縄県を訪問し、献花のために糸満市にあるひめゆりの塔を訪れることが伝えられた。これは皇族による第二次世界大戦後初めての沖縄訪問だった。

「沖縄人自身による沖縄解放」を掲げていた沖縄解放同盟準備会は、1975年初頭には「流血も辞さないたたかいで皇太子上陸を阻止する」と宣言し、「十五年戦争における大日本帝国による侵略・植民地主義弾劾」「沖縄戦における日本軍による住民虐殺弾劾」及び「(その最高責任者である)戦争犯罪人・ヒロヒトおよび、その代理人である皇太子を糾弾する」として、一ヶ月間の「皇太子上陸阻止闘争」を展開することを決定した。沖解同(準)は「前段闘争」として、6月18日に摩文仁の丘の日本軍慰霊塔に「日本軍の残虐行為を許さないぞ」、「皇太子沖縄上陸決死阻止」、「大和人は沖縄から出て行け」、「皇太子帰れ」などとペンキで感情的な落書きをした。

沖解同(準)は、最終的に7月10日に「『ひめゆりの壕』に潜伏し皇太子を待ち受け火炎瓶と爆竹を投擲する」という方針を決定し、同派メンバーの知念功と西田戦旗派のメンバーの2人が、県民からは「聖地」とも称される「ひめゆりの壕」に11日に潜入した。知念は、沖縄史ととりわけ沖縄戦の記録を読み漁ったあとに、壕に潜入したという。知念は、「この『闘争』は、皇太子および同妃の暗殺や殺傷が目的ではなく、皇太子及び皇族を『裁判闘争』に引き摺り出して『天皇制の戦争責任』を追及することを最終目的だったと主張」している。

また、屋良朝苗沖縄県知事の意向を受けた沖縄県労働組合協議会(県労協)は、幹部三役のみの会議によって「海洋博反対」、「皇太子訪沖反対」については取り組まないことを決定するが、アメリカ軍基地労働者で構成する全軍労(のちの全駐労)や自治労沖縄などの労組によって、海洋博会場付近および那覇市内、糸満市など沖縄南部などでの沖縄各地でのデモや、様々な業種での時限ストライキや抗議職場集会が実行され、延べ数万人が「皇太子訪沖反対」の意思表示を行なった。

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警備
7月17日の皇太子到着当時、沖縄県警察本部は他県からの約1000人の応援部隊を含めて3700人の警察官による厳戒態勢を敷いていた。皇太子および同妃の訪問に先立ち沖縄県警察本部警備部は左翼活動家に対する視察をしていたが、左翼活動家の沖縄到着を見過ごしていた他、車載無線機を盗まれるなどの失態を見せた。さらに追尾していた公安警察官の車両が活動家の車両に追突事故を起こすという「珍事」もあった。

なお、警察庁から警備責任者として派遣されていた警備局警備課長の佐々淳行は、皇太子および同妃の訪問に先立ち地下壕内の安全確認を主張したものの、沖縄県警察本部担当者や沖縄県知事らに「『聖域』に土足で入るのは県民感情を逆なでする」と反対されたために実施できなかった。

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事件の概要
正午頃、糸満市にある白銀病院に病気を偽装して「入院」していた「患者」と「見舞い客」に偽装した沖縄解放同盟準備会の活動家2人が、病院の下を通過する皇太子および同妃の車両に3階のベランダから「皇太子帰れ、天皇制反対」等と叫びながらガラス瓶やスパナ、石などを投擲し、警備車両を破損させた。2人は公務執行妨害の現行犯で逮捕された。なおこの際に、活動家の犯行を阻止しようとした同病院の医師らが活動家から暴行を受けた。

ラジオで地上の情報を聴いていた知念ら「ひめゆりの壕」の2人は、実況中継で午後1時5分頃に皇太子および同妃がひめゆりの塔に到着したことを知る。2人は地下壕に梯子を架けて、地上に這い出ると、皇太子の足元に向けて火炎瓶を投擲した。火炎瓶は献花台に直撃して炎上したが、皇太子妃が警察官に庇われて地面に倒れた際に打撲傷を負った以外は、皇太子および同妃に大きな怪我はなかった。





なお事件直後に皇太子は、まず案内役を務め同行していた「ひめゆり会」会長の身を案じて声をかけた他、事件の発生に動揺する警備担当者を処分しないように関係者に依頼し、その後のスケジュールを皇太子妃とともに予定通りこなした。

知念ら2人は「礼拝所不敬罪」(刑法第188条第1項)並びに「火炎瓶処罰法」違反の現行犯で逮捕された。なお、当時、取材に当たっていた地元紙沖縄タイムスの記者は、TBSの番組において「怪しい男がいたので注目していました」と発言し、スタジオの出演者からも「スクープですね」と絶賛されていたが、「怪しい男」の存在に気づいていたにも拘らず警察に通報しないことは批判を呼んだ。

((ひめゆりの塔は、沖縄戦当時、兵士の救護などに当たった女学生による、ひめゆり学徒隊を慰霊したもので、慰霊碑、納骨堂、そしてその真ん中に、ひめゆり学徒隊が毒ガスをまかれて、多数の死者を出した洞窟がある。 天皇、皇后両陛下はそこに花をささげられ、頭を下げられた。その瞬間、洞窟からヘルメットをかぶった、知念功ともうひとりの左翼が出てきて、陛下の足元に火炎瓶を投げつけた。 当然、天皇、皇后両陛下はSPによっていったん自動車へ避難された。しかし、すぐに両陛下は自動車から降り、再びひめゆりの塔に向かわれた。そして、両陛下の案内役をしていた、ひめゆり学徒隊の生存者のひとりのところに行き「お怪我はありませんでしたか」とおっしゃられた。

このひめゆり学徒隊生存者の案内役の人は、沖縄人として、天皇陛下に一言物申すつもりだったそうだ。しかし、いちばん最初に自分を気遣う両陛下を見て、考えが変わったそうある。))


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裁判
裁判の結果、「ひめゆりの壕」の2人には懲役2年6ヶ月、「白銀病院」の2人には懲役1年6ヶ月の実刑をそれぞれに言い渡した(高裁で確定)。検察は、沖縄解放同盟準備会のそれまでの声明や機関紙、押収した文書等に「皇太子暗殺」を示唆するような表現がなく、状況証拠等も鑑みて「殺人未遂」での立件は見送った。判決文も4人の行為を「民主主義への挑戦」としたが、「皇太子夫妻の生命を脅かす害意があった」とする検察の主張は認定しなかった。

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警備関係者への処分
皇太子からの警備関係者への処罰を行わないようにとの依頼はあったものの、加藤昌沖縄県警本部長は減給処分を科され、警備責任者である警察庁警備局警備課長の佐々は辞表を提出したものの受け取りを拒否された。しかし佐々はその後警備課長を解任され、三重県警本部長へ転任することとなった。

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「ダッカ日航機ハイジャック事件」
1977年9月28日に、日本赤軍が、日航機をハイジャックし、バングラデシュのダッカ空港に着陸して9人の勾留中の者の釈放と身代金を要求する事件が発生(ダッカ事件)。9人の中に知念の名前もあった。

超法規的措置で勾留者を解放した日本政府は、知念にも事件を知らせ出国の意思を尋ねたところ、知念は刑務官に「出国の意思はない。日本赤軍には政治的・思想的な一致点は一切ない」「沖縄解放の闘いは沖縄を拠点に沖縄人自身が闘うべきものである」と返答し出国を拒否した。数日後、東アジア反日武装戦線の大道寺将司から知念のもとに「出国拒否は反革命的行為だ」と葉書が届いたが、知念は大道寺に「私は沖縄の地で沖縄解放闘争を闘う」と返事を書いたと言う。


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南部戦跡の塔で、まさに体を二つに折られ、後ろで頭を下げた側近が途中で上げかかって、あわててまた下げたほど長い拝礼を繰り返された。それぞれの塔のゆかりの人たちの話を、ひたいをつけるようにして聞かれたが、三〇度を越す炎天下、二人ともしたたる汗をぬぐおうともされなかった。≫(『朝日新聞』昭和50年7月20日より)



Posted by おきっここ
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